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大糸線キハ52最期の活躍!

 投稿者:系統番号11  投稿日:2009年 7月21日(火)19時17分31秒 softbank126018008026.bbtec.net
  BJ41-Vさん、今晩は。系統番号11です。

梅雨明けした関東地方!のはずが・・・
三連休は曇りで時々晴れたものの、
今日はまるで梅雨に逆戻りしたかのような雨が降っております。
暑さには堪えますが、やはり夏は暑いほうが良いですね。

さて、先般の質問の返事をいただき、ありがとうございます。

>見慣れた色の車両がやって来ると安堵感がありましたね。

全く同感です。民営化後に各社地域に根ざした塗装変更が活発に行われましたが、
やはり原色が一番似合いますね。

>グリーン車や食堂車も連結して貰えたら最高なのですが、残っている車両が普通車ばかりでは、叶わぬ夢です。

これまた、仰る通りです。
今にして思えば…私は既に食堂車衰退末期の頃でしたが、
北海・おおとり・オホーツク・まつかぜの82系キシ。
雷鳥・白山のサシ489。そしてときのサシ181。
客車の出雲オシ24。
新幹線では0系と100系グランドひかり。
これらの食堂車にて体験できました。
体験できたと言うのは、無くなるからわざわざ乗った訳で、
いつも編成にあり、
当り前の様に利用できた世代では残念ながらありません。
でも間に合って良かったと思っています。

仕方がないので趣味のひとつである模型に、その縁を求めています(笑)
と言っても購入後、押入れ車庫行きばかりで(笑)

夢はログハウスに本格的なジオラマを作る。
走行車両はフル編成を用意、壁に車庫代わりに展示させる。
併せて、購入した鉄道本や撮影した写真のパネルを展示。
使用したカメラをあちこち並べ、
ジオラマコレクションや切符、駅弁表紙etc…
列車好きの交流の場!「ドリームランド」
何だか妄想の世界ですね(笑)
連れには、「呑むとそればっかりだね」などと冷やかされています。
まぁ夢ですからね。ヘヘヘ。

長くなりました。
写真は、改めて説明する必要もないかと。
まもなく消え行くであろう大糸線の気動車です。
それではBJ41-Vさん。
お互い体に気をつけて撮り続けましょう。
 

国鉄型車両の復活塗色

 投稿者:BJ41-V  投稿日:2009年 7月12日(日)02時56分23秒 softbank219055177072.bbtec.net
  系統番号11様

こちらこそ、ご無沙汰しております。特別な思い入れのある車両を訪ねる場合を除けば、なるべくお金と時間をかけない様に、撮影活動を続けております。
本当は日本全国を気の向くまま足の向くままに旅をしながら、ご当地の鉄道やバスの乗車と撮影を思う存分にしたいところですが、
諸事情により、この夢は実現しそうにありません。

ところで、

>昨今(2000年辺りからかな)の復活塗装やリバイバル号の運転には嬉しさはあるものの、
>その車両達の現役時代を知る私達にとっては、少々複雑な思いもあると感じていますが、
>BJ41-Vさんはいかがですか?

かつての国鉄型車両は、同形式であれば基本的に同じ塗色だったので、知らない土地に旅した時には、見慣れた色の車両がやって来ると安堵感がありましたね。
数10年が経ち、時代遅れとなった古い車両に、非オリジナルの塗装を施すのは、親が子供に強制的に自分好みの服を着せる動作と同じで、
可愛そうでなりません。なので、その車両の登場時の色に戻す事は、純粋に考えて嬉しい事です。
リバイバル運転に関しては、本当なら長大編成を組んで、
グリーン車や食堂車も連結して貰えたら最高なのですが、残っている車両が普通車ばかりでは、叶わぬ夢です。しかし、長距離移動は新幹線が
当たり前になった昨今、昔ながらの旅の楽しさを提供してくれるリバイバル列車の企画には、拍手を送りたい気持ちです。

↓コンテナ貨物列車は、昔はこんな感じでした。
 

2008年秋の只見線

 投稿者:系統番号11  投稿日:2009年 7月11日(土)18時42分56秒 softbank126018008026.bbtec.net
  BJ41-V 様

大変ご無沙汰致しております。
BJ41-Vさんも、お元気にて相変わらずあちこち撮影していらっしゃる様ですね。
私も時々妻と二人で温泉旅(列車・バス撮影付)や直売所巡りなど出かけています。
個人的には、ポジやデジカメの整理が遅々として進まず、困り果てています(笑)

さてこの写真は昨年の秋に撮りました。
磐西只見ぐるり一周号?だったかな。
「やはりこの塗装が一番似合うなぁ〜」
とブツブツ心で思いながらシャッターを押しました。

それにしても昨今(2000年辺りからかな)の復活塗装や
リバイバル号の運転には嬉しさはあるものの、
その車両達の現役時代を知る私達にとっては、
少々複雑な思いもあると感じていますが、
BJ41-Vさんはいかがですか?

時代的な背景や鉄道会社の経営環境など
様々な要因がありますが…
でも率直に問われれば、
「嬉しいなぁー」
「今度は房総の久留里線ツートン君を!」
などと考えている今日この頃です。
 

鉄ネタ 大歓迎ですよ

 投稿者:BJ41-V  投稿日:2009年 7月 7日(火)23時32分3秒 softbank219055177072.bbtec.net
  sawarabi様

最近は会社規模を問わず、復活塗装を施す私鉄が増えている様に思われます。
古いデザインの車両には、登場した頃に流行った色合いが良く似合いますね。

↓ 国鉄の気動車も、かつては似たような塗色でした。
 

京成「青電」

 投稿者:sawarabi  投稿日:2009年 7月 6日(月)00時34分20秒 3dd7701f.t-net.ne.jp
  鉄ネタですみません 千葉にバス撮影に行き 偶然 遭遇しました。青電=行商電車 懐かしい時代です。  

あいづ 復路

 投稿者:BJ41-V  投稿日:2009年 7月 5日(日)22時53分37秒 softbank219055177072.bbtec.net
  そして今日は、485系T-18編成のクロハ481-1029を先頭に、東京方面に上って行きました。
かつて東北特急が頻繁に行き交った東北本線を、遠慮がちに通過する姿には、寂しさを感じます。
 

特急あいづ 運行開始

 投稿者:BJ41-V  投稿日:2009年 7月 4日(土)19時04分45秒 softbank219055177072.bbtec.net
  今晩は。

夏場の週末を中心に運行される特急あいづが、今年も本日より運行を開始しました。今日と明日のこけら落としには、国鉄特急色を纏った新潟のT-18編成が
充当されておりますが、再来週からの本番(?)は、いつものあかべぇ編成が充当される予定です。

快速フェアーウェイとして、度々宇都宮線に入線しているT-18編成が、真昼間に「あいづ」を掲出して颯爽と通り過ぎる姿は、結構新鮮でした。
 

RL100も有りました

 投稿者:BJ41-V  投稿日:2009年 6月21日(日)15時03分30秒 softbank219055177072.bbtec.net
  関東自動車はRM100導入の後も、中型貸切車をスポット的に導入していた様です。
1971年頃、たった一度だけですが、桜通りを北上する1台のメトロ窓のRL100を、自宅アパートから見た記憶があります。その理由はこうです。

その日は某小学校の遠足日だったのですが、4台チャーターするはずだった大型貸切車の内の1台のガラスが悪戯により全部割られた為に
運行不能となり、代車としてやって来たのでした。勿論、1クラス全員が乗れないので、乗れない生徒達が数人ずつ、他の大型車に分乗したそうです。

4台の編隊の一番後ろにいたRL100は、親の後を一生懸命ついて行く幼子の様に見えました。(これを見た私は当時小学5年生くらい)

>電ボ様
砥上にいたレインボー2台は、売却されて健在の様です。内1台は、塗色もそのままで使用されています。
ミキ300(湊のミキティ)の具体的な運行開始日はまだ決まっていないとの事です。また、代替廃車はキハ223になるとの事で、
来月さよなら運転が行われる予定です。
 

三木鉄道

 投稿者:電ボ  投稿日:2009年 6月20日(土)22時00分44秒 nttcgi120242.tcgi.nt.ftth.ppp.infoweb.ne.jp
  ミキ300、最後の1両がひたちなかに来たとは驚きでした。
僚車が廃線後転出していく中、保存目的で地元に残す予定だったクルマだったはずですが・・・

自分も、当初保存する話を聞いたとき、「車齢若いんだし他所へ売って、負債の補填に使ったほうがいいんじゃないか」と正直思っていました。
平成18年7月に大阪へ行った際、足を伸ばして三木鉄道に乗車してきましたことがありますので、走り出したらまた乗車してみたいと思います。

参照
ttp://mytown.asahi.com/hyogo/news.php?k_id=29000000906110002

>BJ41-Vさん
自分もRM100には驚きました。
関東、昔から小型貸切持っていたとは・・・
(そのためやはりかつて存在した、いすゞBA等と同じような、小柄な路線車だと最初写真を見た時は思いました)

小型貸切と言えば、いつの間にか、緑帯カラーの貸切車レインボー7M(宇都宮200あ301等)も引退してしまったみたいですね。
 

バスジャパン

 投稿者:BJ41-V  投稿日:2009年 6月17日(水)00時06分52秒 softbank219055177072.bbtec.net
  本日、バスジャパンハンドブックシリーズR 67 関東自動車を購入しました。
昭和40年代に、関東自動車さんが撮影されたと思われる数枚の写真にアッと驚きましたので、
その理由などを述べさせて下さい。

18頁
毎年恒例の新車の並び写真ですが、1970年に一の沢工場で撮影されたと思われます。
バスは左奥から手前2台目までは、日野RC300/帝国で、登録番号は栃2い23-11〜23-24と
思われ、一番手前は、これぞ関東自動車最後のツーメンバスで、路線バスとしては唯一
富士R13ボディを纏った、登録番号が栃2い23-25の日産4R95又は5R95です。私は現車を一度だけ
鹿沼営業所で見た事がありますが、その時は既に前ドアが増設されていました。新製時には
ツーメン仕様だったとは、当時予想すら出来ませんでした。

24頁
日産4R104/富士のツーメン車も初めて見ました。1968年製造で4灯式ヘッドライトと中ドア折り戸
から推測すると、桜通営業所に配置されていた、栃2い19-41ではないかと思います。私が現車を
初めて見た時には、既にワンマン化改造されていました。

26頁
最も驚いたのは、この日野RM100/帝国です。ナンバーは私が佐野営業所で記録した、栃2い19-81
(日野RC300P/帝国)の続き番号となっていますが、RM100は全く見た記憶がありません。
一の沢工場の入口付近で撮影されていますが、右の日野ルノーの存在等から、新車として導入
された当時に撮影されたものではないでしょうか。中型ではありますが、これこそバス窓最後の貸切
バスと言えます。登録番号が栃2い19-80の日野RC300P/帝国は、バス窓最後の大型貸切バスという
事に、訂正させて頂きます。

まだざっと目を通しただけですが、関東自動車さんの撮影された貴重な写真の数々に魅せられ、
大昔の懐かしい思い出が沢山蘇りました。

↓栃2い14-62の運転席です。緑色の樹脂製整理券は3番だった事が判明しました。
 

栃木営業所のボンネットバス

 投稿者:BJ41-V  投稿日:2009年 6月15日(月)23時16分24秒 softbank219055177072.bbtec.net
  昨日のお祭りでは山車会館に、懐かしい関東自動車が写ったパネルが展示されていました。
貴重な資料写真に登場した関東のボンネットバスは、いすず、日野、日産(又は民生)で、全てが富士重工製のボディを架装していた事から、
栃木県のお国柄が良く表れているな、と感じました。

下の画像はそのパネルを写したものですが、上段真中の後部画像は下のいすずボンネットバスと同一車両で、昭和20年代の代物だと思います。

>電ボ様
私もハンドブックを近日中に購入して、隅々まで目を通したいと思います。
U690のオーナー様は、ボンネットバスの運行について、今後も栃木市から依頼があれば、是非協力していきたいと仰られていました。
 

関東自動車の本、発売確認

 投稿者:電ボ  投稿日:2009年 6月15日(月)21時09分55秒 nttcgi097009.tcgi.nt.ftth.ppp.infoweb.ne.jp
編集済
  以前話題にした、バスジャパンハンドブックシリーズRの「関東自動車」、今日退勤途中に立ち寄った本屋で売っているのを発見、即購入しました。
(この本屋、普段、このシリーズ扱っていないのに、地元会社、ってことで入荷したのでしょうか)
個人的には佐野に居た、初代エアロバス(とちぎ200か146)などいつの間にか引退してしまったクルマが、在籍車リストを見ると目に付くのが印象的です。
(このクルマの元の所有がどこだったか知るいいチャンスだったんですが・・・)

>BJ41-Vさん
栃木にボンネットバス来てたとは・・・
(最初携帯で見た時は、日産ではなく、一瞬、同じ色の有名なBXD初期型かと勘違いしました)
 

各地のイベントへ行って来ました

 投稿者:BJ41-V  投稿日:2009年 6月14日(日)21時26分33秒 softbank219055177072.bbtec.net
  今晩は。

今日は東京と栃木のイベントに参加して来ました。それは都電6000系の撮影会と、ボンネットバス試乗会です。
荒川車庫には開場40分前に到着し、出庫する都電を眺めながら、車庫の一番奥に止まっている6000系のお披露目を待ちました。
通電出来ない様なので、どうやって運ぶのか期待していたところ、何と職員の方4、5人で押しての登場でした。車両は特に修繕されず、
里帰りした状態のままでのお披露目となりました。2時間の枠の中で、30分毎に撮影タイムと見学タイムを設けていましたが、狭い車庫に
かなり大勢の人が集まった為、どちらも大変でした。黄色の7000系を横に並べたり、方向幕や系統板を変えたりと、中々良いサービスも有りました。

終了少し前に車庫を後にし、次に向かったのは栃木市です。上野から小山までの移動に使った「やまびこ」は何とオリジナル色の
200系K47編成でしたが、乗ってしまうとただの200系となってしまいます。やはりこの車両は乗るより撮影しないと意味がありません。

栃木市では山車会館でささやかな祭りが行われており、元、備北バスが狭い路地を縫う様に走っていました。今回は撮影は少しに抑えて
ゆっくり乗車させて頂きました。初めて通る道が多く、栃木市の歴史的建造物の多さ、美しさに圧倒されました。この街にはボンネットバスが
本当に似合っていると思います。
 

関東自動車のドア

 投稿者:マンセル  投稿日:2009年 6月13日(土)18時27分40秒 pre31085.fip.synapse.ne.jp
  管理人様、関東自動車のバスのドアについてご回答ありがとうございます。
樹脂版の整理券初めて見ました。
鹿児島もその昔、樹脂版を使用していた時期があったのかもしれませんが、私が物心付いた時から整理券といえば、ロール紙式でしたので紙以外の存在自体知りませんでした。
ちょっと感動です。
因みに'67年生まれです。
そうですかー?現在のワンステップ、ノンステップは車椅子の方のことを考えると中扉は必須でしょうが、従来車が「ロール紙になってからも、紙詰まりや印刷不良等のトラブルが度々発生し、整理券発券機を中ドアや後ドアに移動すると、運行に支障が出る事が想定されたので、そのままの形が今日まで踏襲されていると思います。」というのが主な理由でトップドアしか使用しないのに、中扉、後扉がしめきりのままで運行されているのですかね?
現在、鹿児島では、都市間高速バス、空港特急バス、郡部のトップドア車を除いて、後払い方式の中扉乗車(後扉乗車車も首都圏地区からの中古車で一部有)、前扉降車です。
よって乗車と降車は別の扉のワンウェイで、降車を待って乗車するという事がないので関東自動車方式ですと、朝夕混雑時のかなりのタイムロスがある気がするのですが。
せっかくドアが2枚あるのにもったいない気が勝手にしておりまして投稿させていただきました。
少し前の話になりますが、鹿児島では、全区間同一料金路線で、首都圏から流れてきた中古の3ドア車を一時期、前払いの前扉乗車、中扉後扉降車で運行していましたが、鹿児島では前払い、前扉乗車というのが馴染めなかったのかいつの間にか3ドア車でありながら後扉しめきりの中扉乗車前扉降車方式に戻っていた事がありました。
整理券もですが、地域によっていろんな方式があるんでしょうね。
BJ41-VさまのこのHP、昔の写真が豊富でとても楽しいHPです。
今回写真もなく、文章ばかりでしたが、これからも時々、のぞかせてください。
 

大昔の整理券

 投稿者:BJ41-V  投稿日:2009年 6月13日(土)13時03分56秒 softbank219055177072.bbtec.net
  樹脂板時代の関東自動車の整理券です。今から30年位前に廃車の中から発見しました。
カラーは6色くらい有り、番号も決まっていましたが、この緑色が何番だったかは忘れてしまいました。大きさ比較の為、先月購入した硬券と並べてみますと、
横幅はピタリと一致するので、サイズは切符を基に決められたと思われます。
 

こんなパターンも

 投稿者:BJ41-V  投稿日:2009年 6月13日(土)12時26分46秒 softbank219055177072.bbtec.net
  関東自動車の古い写真を見返したところ、下の画像の様なパターンを発見しました。前ドアはワンマン出入口、中ドアはただの出入口
となっています。理由として考えられるのは、この車両をワンマン改造後も、車掌を乗車させる路線に充当させる事があった為、
使用するドアをワンマン時とツーメン時で使い分けていた名残りだと思われます。

ちなみに、この車両は1963年製の日野RB10/帝国で、元々は中ドア仕様でした。
 

Re:関東自動車のドア

 投稿者:BJ41-V  投稿日:2009年 6月13日(土)09時28分13秒 softbank219055177072.bbtec.net
  マンセル様

こんにちは。ご覧頂き、有り難うございます。管理人のBJ41-Vです。
表題の件について、私なりの意見を述べさせて頂きます。

関東自動車にワンマンバスが導入開始され始めた昭和40年頃は、法律によって一般路線用のワンマンバスには乗降ドアを二ヶ所以上設ける事が
定められていたので、トップドアだった観光格下げ車には中ドアが増設されました。但し、後年の規制緩和でその条件は無くなったので、
それ以降に観光格下げとなったトップドアのメトロ窓車には、ドアは増設されていません。

また、関東自動車の運賃清算システムは整理券がないと成り立たちません。(数年前までは、始発から暫くの間、整理券の不要な区間
の設定が有りました。その区間に限り、中、後ドアを開けてくれるケースも見られました)その整理券は昔はロール紙ではなく、
色で判別する厚手の長方形の樹脂板で、その発券機を置けるスペースは運転席横にしか無かったのではないでしょうか。そうなると、
乗車は前ドアからしか出来なくなり、前乗り、前降りとなり、中、後ドアは締め切りにせざるを得ません。

子供の頃に見た光景として、プラスチックの整理券がマガジンから切れると、運転手さんが運賃回収箱を開けて整理券を取り出し、
マガジンに再セットしていました。ロール紙になってからも、紙詰まりや印刷不良等のトラブルが度々発生し、整理券発券機を
中ドアや後ドアに移動すると、運行に支障が出る事が想定されたので、そのままの形が今日まで踏襲されていると思います。

また、生活に密着した一般路線バス(ノンステやワンステ)における中ドアは、車椅子の方が乗降する為に必要不可欠なものなので、
長距離路線バス以外でトップドア車を入れる事は、今後共無いでしょう。

長文、駄文となり、失礼致しました。

↓バス窓貸切車の最後のクルマもワンマン化改造され、栃木営業所で余生を送っていました。
 

関東自動車のバスのドアについて

 投稿者:マンセル  投稿日:2009年 6月 9日(火)17時48分39秒 pre31085.fip.synapse.ne.jp
  BJ41-Vさま
こんにちは。こちらのHP昨日初めて見せていただきました。
関東自動車のバスの車両の資料の豊富さに感激しております。
特に'70年代以前のバスの写真には興味があり、じっくり拝見させていただきました。
私は、鹿児島に住んでおり、こちらの一般路線バスは、郡部の一部のトップドア車を除き、ほぼ中扉入口、前扉出口方式です。
こちらのHPの関東自動車の一般路線バスの車両の写真を拝見しておりますと、ほぼ前扉出入口、中扉あるいは後扉しめきりのようです。
ここで、一つ疑問なのですが、どうせ前扉しか使用しないなら、なぜトップドア車を最初から使用しないのでしょうか?
それとも中扉あるいは後扉を使用する区間もあるのでしょうか?
写真を拝見しておりますと古い車両も新しい車両も前扉しか使用していないのに中扉あるいは後扉がどれもあるのが不思議です。
古い車両でしたが観光格下げ車で中扉を増設しているのに中扉しめきりの写真も見た気がします。
詳しい方、教えてください。
よろしくお願いします。
 

Re:BXD50

 投稿者:BJ41-V  投稿日:2009年 5月10日(日)06時41分3秒 softbank219055177072.bbtec.net
  MC43015様、こんにちは。

BXD50は、屋根付き車庫に大切に保管されている様で、安心しました。早く次の嫁ぎ先が見つかるといいですね。

伊那バス時代の姿は、映画「悪霊島」で見る事が出来ますが、一回目の引退の時期とほぼ重なっている様です。

↓は、1986年頃に撮影した、私の愛車とのツーショットです。
 

西東京バスBXD50

 投稿者:MC43015  投稿日:2009年 5月 9日(土)23時24分34秒 61-21-121-197.rev.home.ne.jp
  BJ41−V様
野暮用で奥多摩へ行った際、西東京バス氷川車庫を通った所、BXD50がナンバーを切られた状態で置かれていました。
運転手の方に状況を聞いた所、もう再起する事はないそうで、
会社としては転売先を探している状況ではないかという事です。
写真は許可を頂いて撮影した物です。
 

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