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↓2.国家の基本は経済と軍事であり、真の信仰とは矛盾しない

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 1月16日(金)23時43分5秒
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   古代インドで何故に仏教が荒廃していったのかを見ても理解できるというものだ。個人的な内面からは邪悪性を排除する修行を実践していたかも知れないが、国家社会的に、周囲から押し寄せる邪悪な攻撃を撃退し排除する方策が全く考えてこなかったからだと言えよう。国家社会が崩壊してからは、安穏なる心や社会の形成もないものだ。

 ここにこそ国家の基本は経済と軍事であると指摘する所以だ。経済的に破綻して、どうして人々の安穏な心魂を形成できるというのだ。また他から侵略されて、どうして平和な社会を形成できるというのだ。ただ無抵抗で平和を祈っておれば実現できると言うものではない。これでは、自ら平和を念じておれば、周囲も理解し侵略はしないであろうという一方的な思い込みは他力本願の心でしかない。真の信仰が言うところの「自力」とは大きく懸け離れたものだ。

 ここにこそ、真の信仰の実践に際しては、実に「神道と仏道の融合」こそ必要なのだ。神道とは恰も男性の原理であり、外部に対する防衛の心理である。また仏道とは恰も女性の原理であり、内に対する安穏を求める心理であろう。仏道の実践においては、解釈を誤れば、如何なる時でも、悪に対しても、一切抵抗せずに諦観や服従、盲従、隷従を強制して行きやすいが、この仏道のみの実践では、真理に反した行為であり、解釈と言えよう。

 仏道は神道が基本でなければ、真の仏道たり得ないと言うことだ。勿論、ガンジーが実践した不服従運動は、立派な非軍事的な神道的行動であったと言えよう。現在の似非平和主義者とは対応においては雲泥の差であり、その心魂のレベルは天地の相違であると言えよう。とてもガンジーが実践した勇気有る神道的行動すら出来ないであろう。真の宗教や信仰の何たるかを理解できないで迷妄の中に埋没し誤解しているからだ。
 

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