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真理の探求

 投稿者:  投稿日:2003年11月 3日(月)09時16分46秒
  それは 危険きまわりない 冒険の旅であり

今の世の中では 抹殺というリスクを負し 

俗人が 行うには 不可解な 理論がそこには 存在する。

思想統御に挑戦するなら それを 肝に 命じろ!!
 

精神世界のカルト賛美の書物や雑誌には何も真理はない

 投稿者:不動明王  投稿日:2003年 9月24日(水)22時59分35秒
   書店に宗教関係と混じって随分と多くのカルト関係、精神世界関係の雑誌や書物が並んでいる。宗教関係にしても単なる知識や学識を学問的に解明し追求しただけのものが多く、真に日々の生活における真仰、心の在り方や実践に大いに役立ったり参考になるものは極めて少ないように思われる。ましてやカルト関係や精神世界のものに関しても同じだ。神秘主義、カルト主義、カバラ哲学などの邪悪な魔の賛美に狂奔しているのが殆どだ。

 既成の宗教関係のものでは単なる学問宗教に化しているものが多いようだ。古来の幾多の宗教家の文献を単に解釈しているだけだ。そこから信仰に関係する方向や展望を示唆するものは皆無に近いものと言えよう。四大宗門における教祖の言辞や行動の紹介に徹し、そこからは単なる心の在り方のみで、更なる真の信仰、即ち「真仰」への道程が全く示唆されていないものだ。矢張り、仏道は神道を基本にしていかねば、真の仏道には成り得ないと言うことであろう。

 他方の精神世界に関するものでも、殆どが霊能力者達による霊感、魔感で見えざる世界を探求したり、そこから様々な霊感情報を授持してきたものが多いが、それらはHP上でも指摘しているが、殆どが魔法、魔力になる魔からの情報である。真理などは殆ど無いと言えよう。それだけならまだ良いが、多くはそうした魔力崇拝を正当化し美化し賛美しているのが実体だ。単なる魔界・魔海の紹介を越えて、魔力崇拝、魔との交流・感応を追求するもので、極めて危険な認識であり実践と言えよう。

 某カルト紹介の雑誌では、様々な呪法、魔法、魔術の紹介と併せて、ムーやアトランテイスの超古代の事件や、地球や宇宙そしてUFOなどに関するものや、果ては陰謀論などを紹介しているが、時折、そうした知識は興味や関心をそそり、一般知識として参考にはなるが、それらは殆どが魔に関連したものである。かつての超古代文明や古代文明の崩壊にしても、そうした破局に陥った真の原因、そこから演繹される誤った想念波動に関する反省や懺悔などに思い至ることもなく、「真仰」には程遠いものと言えよう。

 そしてUFOにしても解釈を大きく誤っているものだ。それらも何も特殊な宇宙人や地球外生物でもなく、輪廻転生する畜生死霊魂に他ならず、古来、仏教でも何々菩薩とか、何々如来とか、天女や天馬などと言われてきた幻影に過ぎないものだ。実際に写真には写っても捕獲されたりすることはなく、ビルの陰からでてきて再度隠れてしまうと言う隠れん坊を可笑しくやっているものだ。畜生死霊魂は恰も意志を有した存在として、人間の意識に呼応して様々な姿形に変身し変化して見せているものと言えよう。

 魔との遭遇や交流、感応を追い求めることは極めて危険であり、「真仰」とは逆行するものだ。心魂の浄化、錬磨、向上を図るには程遠いばかりか、地獄の奈落の世界に引きずり込むようなものばかりだ。努々(ゆめゆめ)、感染し汚染され洗脳されないように、注意することであろう。悪しき邪念波動が満載されているとも言えよう。地獄の魔海、魔界、霊界における死霊魂の苦怨、苦渋、苦悩、そして魔による幻視、幻覚、幻聴などの妄念、妄想、邪念、狂想がオンパレードだ。崇高で高邁で高尚な真理・真髄など何処にも無いのが虚しい限界であり、また悲しき現状でもあろう。
 

4.聖心仏陀先生の霊が当方に色々と教えるとは・・・ 

 投稿者:不動明王  投稿日:2003年 9月 7日(日)11時51分39秒
   ところで、2千500年前に如来となられた釈尊にしろ、現代の聖心仏陀先生にしろ、また平安時代初頭において、即身成仏こそ成らなかったと思われるが、死後は協力し付き従ってきた多くの眷属達により菩薩界にまで引きあげられて菩薩にまで昇天された弘法大師と言い、これら偉大な心魂を達成し輪廻転生を超越された方々は、最早二度とこの世に降誕されることもないように思われる。

 これは真の神仏がこの世には存在せず、またこの世に降誕することもなく、ただ輪廻転生の世界、即ち、大自然界、更には肉体精神や心霊が徘徊し漂流し浮浪する現在社会を超越した宙天の神聖で清浄な波動エネルギー粒子が充満する仏界、神界、菩薩界の玉座に鎮座されておられるように思われる。なお、参考までに言えば、この世に徘徊し浮浪し、人間と対話し命令し、姿形を現したりして、様々な幻覚、幻聴、幻視の魔法、魔術、魔力を及ぼして、神仏と誤解させ錯覚させているものこそ、畜生死霊魂になる魔神、魔仏であろうと思われる。

 ところで2500年前の釈尊に至っては、既に生存中に残された痕跡すらなく、今では半ば伝説化し、不謹慎な者に至ってはその生存の事実すら抹消しかねない有様だ。如来とか悟覚とか、仏陀とかの崇高な偉業に対しても理解の限度を大きく超えて、普通一般の識者、哲学者、思想家ぐらいにしか把握できていないようだ。人間を超越した存在が如何なるものかが全く認識できず、理解も不可能であるようだ。

 今回、当方が深山幽谷の地で偶然ながらも不思議な機縁で知り合った聖心仏陀先生に関しては、既に亡くなられたとは言え、その痕跡は書かれた物から写真などを始め無数に存在し、そこには現世において、身命を賭して肉体を解脱・離脱した魂の大宇宙への跳然により、宙天から即座・瞬時に把握し授持された崇高で神聖な大宇宙・宙天の真の神仏による波動が充満していると言えよう。

 例え、聖心仏陀先生の肉体が滅して魂が昇天されても、その崇高で神聖な御霊が先生が行脚された地を始め幾多の今世の場所に残留し、その残された様々な書籍や手紙、写真の物にも、コピーであってもそのまま残留されているようだ。但し、心が通じていない者が保持していても単なる紙切れに過ぎないものだ。先生も生存中に「君が僕の書いた物を僕のため、日本や世界のために活用するならば問題はないが、僕に心が通じていない他人が、悪意で利用するならば、御理益がないばかりか、逆に不埒な心魂に対して天罰が下るであろう」と申されていた。

 従って、生存中に聖心先生が、「例え、僕が死んでも僕の霊が君に教える」と言われたのも、実に今になって思い起こすには、、先生と心が通じる限り、この世に残留されている先生の霊が、そしてそれに付き従って協力している数万の眷属達が、知らずの内に教え諭し味方し応援し支援して下さるというものであろう。先生の書かれた物が永遠に残留し大切に保管され伝承され保存されて行く限り、宙天の神聖な波動がこの地上に充満し浸透し拡散し伝搬して、邪悪で猜疑な想念波動の一掃・淘汰が成されて行くであろう。
 

3.聖心仏陀先生の霊が当方に色々と教えるとは・・・ 

 投稿者:不動明王  投稿日:2003年 9月 6日(土)21時07分6秒
   今となって振り返ることは、誠に残念ながら、束の間であったが懐かしい会話が出来たことを感謝するばかりだが、最早、生きるか死ぬかの生命の危険を伴うほどの余程のことがない限り、真底から目覚めることもなく、互いに再会することもないだろうし、ましてや協力し合うこともないだろう。この間に交わした会話も、霊感を有するとは言ってもその本性はタヌキであったと思えわれる故に、聖心先生の生存中の御霊を把握して、その痕跡を辿ることによって面白可笑しく真似たものであった可能性も有ろう。しかし、当方にはその会話の内容から、一体何が聖心先生御自身からのメッセージかどうかは大変良く判別が付くものだった。そこは上手く取捨選択して、大変懐かしく判断し活用させて貰ったものだ。

 聖心先生が生前において、「僕が死んでも僕の霊が教えるだろう」と言われたのは、正にこういうことだったのかと感慨深く感心した次第だ。即ち、霊感など全くない当方自身に直接教えてくれると言うものではなく、他人の言動を借りて間接的に当方に何らかのメッセージを提供してくれると言うことだったのだ。今でも、色んな人の言動の中に、恐らく当人自身も気付かないで、自力で獲得したと錯覚している情報もあるが、何故か当方には、聖心先生が当方に教えるために、敢えて第三者に伝えて、そこから当方に伝わるように取り計らっているように思えてならない。今後とも様々な形で当方に聖心先生からのメッセージが伝えられるであろう。当方が注意して気付く為にも、慎重さや注意深さ、そして心魂の浄化が必須となってきたようだ。

 先月、東京の日比谷公会堂で開催された英国人、ベンジャミン・クラーク氏の講演会があったそうだが、会に参加した者の話では、その席上、会場からの「救世主は何処にいるのか」との問に対し、「この東京にいる。しかもこの会場にいる」と言い、彼は怪訝な顔をしながら静かに会場を見回したそうだが、最近送られてきた当日の講演記録にはその点が削除されていたようだと言う。恐らく、氏が気付かないで何か見えざるものにより喋らされた内容故に、後で編集段階でカットしたものであろう。氏は多くの著作の中では、救世主はヒマラヤに生まれて英国に住んでいるとか、少々、魔に取り憑かれた妄想を言っているもので、通常の自説と大きく異なるからだ。
 
 他にもこうした妄想、魔感、霊感による情報が周囲に数多く氾濫しているが、注意深く観察していると、多くが畜生死霊魂になるいかがわしい妄念・妄想もあり、真剣に対処すればするほど翻弄され誑かされ振り回されると言ったものであるが、中には霊感を有する本人は知らない内に何かによって話すように仕向けられているように思われることがある。そこには周囲の殆どが余り重要性をもって気付かないものだが、当方には一連の聖心先生との対話の中での延長談として、大変参考になるものだ。即ち、結論が解っているから、後は参考情報として取捨選択すればいいからだ。

 実に周囲の霊能力者が漏らしている様々な情報にも、何処か聖心先生からのメッセージのように思われるものがある。当人は何も知らずに直感や霊感で周囲に漏らしているものだが、当方から見れば、決して偶然に知り得たものでもなく、聖心先生が当方に彼らの口を借りて教え示しているように思われる。聖心先生の霊が当方に色々と教えるとは、何も直接に当方に第六感や直感で教えるばかりではなく、他人の口や行動を借りて、それとなく当方が気付くように働き掛けているように思われるものだ。

 当方の周囲にも様々な霊能力の持ち主もいるが、何故か、このHPに好意を寄せる限り、本人が知らずの内に、正しい霊感が錬磨されていくようだ。そしてその霊感の発信元を考えてみると、実に、偶々彼らを使って、聖心先生が当方に対して色々と伝えてくれているように感じざるを得ない。不思議なことに、このHPから発信される内容に好意的な者にこそ、神聖な波動が調和し符合して正しい霊感情報を会得しているように思われる。しかし、先の例でも見たように、邪悪で猜疑な想念が頭を擡(もた)げ出したら、その折りには、善魔の霊感は悪魔の魔感になり、誑かされ誤魔化され、翻弄されていくだろうと思われる。本人は果たして何処までそうした因果関係や背後関係に気付いているかどうか解らない。今後とも、聖心先生の清浄で神聖な心と一つになる限り、知らずの内に様々なルートから聖心先生からのメッセージが教え諭され伝えられてくるだろう。新ためて聖心先生が、「僕の念が次第に広く深く浸透し、国民が知らずの内に改革が進展して行くであろう」と言われたことを思い起こすばかりだ。
 

2.聖心仏陀先生の霊が当方に色々と教えるとは・・・ 

 投稿者:不動明王  投稿日:2003年 9月 6日(土)21時03分49秒
   ただ大変驚いたのは、かつて数年前に国内外に3千通も大量に配布した小冊子の郵送において、危険を回避するべき大変貴重な注意事項を教えていただいたことだ。これは現段階では未だ公表できないものだが、下手すれば生命にも関わる危険なものであったと言えよう。正に邪念波動との熾烈な闘いの真っ最中であった。彼も当方の無鉄砲で大胆な行動力に驚愕し驚嘆していたが、遂に最後まで力がないとか言って協力することは殆どなかった。その実、自分のことにはHP作りや、その後に選挙対策などで一生懸命だった。あくまでも傍観者で興味本位の単なる関心でしかなく、当方の崇高な目的など理解できない状況だった。

 そんな時期が1999年夏頃から知り合って、本格的に心を開いて付き合ったのが2000年末から2003年春まで2年間余りほど継続した。その間、実に聖心仏陀先生からのメッセージが生前と全く同じように教えられて、恰も眼前でお話しさせていただいているようだった。霊感有る彼にしてみたら、一体何処からメッセージを受けているのか全く理解できなかったものだろう。その内に、当方が教えた方法で次第に精神分裂病も治癒していき、心魂が正常に戻っていったようだ。

 そこで彼からの異変を感じたのは、2003年初頭の「最早精神分裂病は治った。矢張り、薬が効いてきたようだ」と言うことだった。これには大きく落胆した。精神分裂病が治ったのは、当方が教唆した聖心仏陀先生関係の方法で有ったものだが、それには気付かないで薬のお陰で治ったと勘違いしていたようだ。その辺当たりから次第に慢心や高慢な気持ちが出てきたようだ。その内に春頃から「自分の霊感情報を横取りして○さんは欲が深い。」などと言いだした。既に彼の了解を取って公表し、同じ目的に向かう協力者と言うことで情報を共有しているものと思っていたからだ。

 決定的な決別・離縁をもたらした極め付きは2003年春の統一地方選であった。何と地方都市の市議選に出馬することにしたという。もっとも以前にも選挙に出ていた実績もあったし、当時も見事な落選であった。今回も当選すれば年収何万円だとか言うからには、目的は金目当てであり、当方に対して欲が深いなんて言えたものではない、即ち、自分の方が遙かに欲が深いというものだ。人に欲が深いとか、周囲に汚いなんて言い者こそ、自分の方こそ欲が深いし、また心が汚いというものだ。これは聖心先生も良く言っていたものだ。

 そもそも選挙なんて言うものは、他人から推薦されて出るならいざ知らず、自分から出るのは正に売名か打算か利欲行為でしかないからだ。これまで、自分は何十億年前の菩薩の生まれ変わりだとか抜かしていたのとは雲泥の差だ。そして選挙に対しても、神様は絶対に受かるなどと抜かしていたし、親も霊感からそのように確信していると言った。結果は殆ど最下位だったようだ。当方を排除し攻撃したことにより、これまで暖かく守護し見守っていた聖心先生からの崇高で神聖な波動が遠離って行ったようだ。これで聖心仏陀先生からは離れて、魔の再度の潜入、そして魔との感応、交流が再度始まったのだと思って、当方の心は既に去った。

 これで最早聖心仏陀先生との連絡は途絶えたようだ。これまでは孤独で孤高、孤立感から世間の邪念を廃絶した実に虚心坦懐の心境であった故に、宇宙から聖心先生の崇高な波動を授持出来たものだったと言えよう。ところが、薬で治ったとか言い出したり、選挙に出れば月収何万円だと計算する自分の欲深い心情を棚に上げて、当方のことを他人の霊感情報を盗んだとか、欲が深いなどと言い出したりし始めたから、最早、縁が切れたと判断して絶交した。最早、聖心仏陀先生からもメッセージも得られないだろうと思った。

 精神的にどん底に落ちたことによって心魂が浄化された故に、聖心先生の宙天からのメッセージを当方に伝えることが出来たものなのに、最早、心魂が不浄に汚染されて打算、売名、利欲に凝り固まってしまった故に、魔が潜入し侵入し乱入して支配され付着されたのであろう。最早、縁無しである。今後は再度、誤魔化し誑かし化かしの以前の精神異常の状態に戻って行くだけだろう。実に堂々巡りの縁無き衆生の一人でしかなかったようだ。
 

1.聖心仏陀先生の霊が当方に色々と教えるとは・・・

 投稿者:不動明王  投稿日:2003年 9月 7日(日)00時03分0秒
   聖心仏陀先生と不思議な機縁で知り合い、実に親子のように長い間お付き合いし、様々な会話を通して崇高なものから日常的なものに至るまで教えていただいた。○年前に亡くなられてからは、暫くは多忙さ故に懐かしき想いでも疎遠になっていたが、今になって漸く、在りし日の御言葉の一つ一つが鮮明に思い起こされてくるようだ。時代が次第に混乱、混迷の度を窮め、国家危急存亡の時期に差し掛かってきたためか、恐らく先生の生前の御言葉によれば、宙天において、釈尊の傍らにご一緒に鎮座される先生からの指令による第六感、直感的な感覚ががいよいよ錬磨されていくようだ。

 さて聖心仏陀先生が生前において、「僕が死んでも僕の霊が色々と君に教えるだろう」と語っておられたが、一体これはどういうことだろうと随分長く思案していた。当方には関しては、世間で言うような霊感(実質は畜生死霊魂である魔感)など全く無い故に、如何なる方法や手段で聖心先生からのメッセージが把握できるのか些か不安に思っていた。これまでは何か第六感や直感力のことかとも思ったりもしていた。通常の世間一般の知識や学識では、今後の激動の歴史展開を的確に追求把握していくのも困難に感じていたからだ。

 そんな折り数年前に某会合でふとしたことで知り合った者がいた。彼は先祖代々霊感有る家系に生まれて、父母も自分も生まれたときから異常な霊能力の持ち主と言っていた。当初は所詮、霊感とは魔感であり、どうせ限界があるとは知りながら、何かの参考になるかと思いながらも、全く何も意識も関心も無くおかしなことを言う者がいるなという感じであった。その後何ヶ月か経過してから「自分は○さんのことは何でも知っている」と言う不気味な電話があって、少し話を聴くために色々と付き合いだした次第だ。その内、彼も職業を変えて投資的な事業に熱中して、周囲から資金を集めて破綻し、周囲の者と資金面でトラブルを起こして排斥され無視され挫折していったようだ。

 当方もビジネスに名前を勝手に利用されて迷惑を受けたが、別に実害がなかったために意に介さずに付き合いを継続していった。最初は霊感が有るということに対して、参考までに関心や興味本位で付き合ったが、当初はその霊感から伝わってくる情報は殆どが猥褻であったり、誰々や某政治家は間もなく死ぬとかいかがわしいものばかりであった。当時から、これは畜生死霊魂に憑依されていると実感したものだ。その内に、精神分裂病と診断されて医者に通い薬を常用していく中で、孤立無援の状況に陥っていったようだ。失業保険や親の年金で食い繋いでいくような精神的どん底の日々であったようだ。

 そういう中で、社会から隔絶し現実から遊離して霊感でものを言うようなことが多くなっていったようだ。当方も一概に排除しないで同情の念もあって取捨選択しながら聴いて付き合っていた。ある時から、彼の精神が次第に孤立無援の状態に至った故に浄化されてきたのかも知れないが、当方の質問や打診、言動に対して、少しずつ懐かしき聖心仏陀先生と交わした会話にも近い内容が伝わってきた。この時に霊感がある彼が言ったことは「自分は何も解らない。ただ天からのメッセージです」と言うだけだった。ある日、某所で某霊能力者から、彼は「自分と同じ予言者で商売敵だ」などとも言われていたようだ。

 ところで、彼には聖心仏陀先生のことは何も言わなかったし、彼もHPに書いてある聖心先生のことにも関心はなく気付かずにいた。そして周囲から無視され排斥された状況下で、当方を信頼し信用して心を寄せていたことは確かだった。そうこうしている内に、当方も実に不思議な懐かしき対面をする思いで話に聞き入っていた。そこで出た会話はHPでも紹介する近未来の出来事であった。例えば、日本の国家破産の時期や欧米の将来、世界経済の将来などであった。これなどもある程度は聖心先生からも聴いていたことだが、明確な時期に関しては今一つ不確かだった。なおそれ以上のことは、当方が聖心仏陀先生から生前に聴いていたものと大して変わりはなかった。
 

14.不思議な機縁による運命的邂逅から新しい転機の到来か 

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 3月11日(木)02時08分33秒
   まずは日本の改革を成し遂げてからのことであるように思います。聖心仏陀先生も、私に幾度ともなく「僕が君と知り合ったことは非常に良かった」「何分、田中角栄のような度胸で行くことだ。但し清潔に行くことだ」と申され、思うに、○先生こそは「田中角栄氏の破天荒な天才的行動力と福田赳夫氏の類い希なる明晰で緻密で崇高で清潔な秀才的才知の両方の才能を併せ持った方」ではないかと思います。私も仏教に関しては一通り知識があったのですが、今回、○先生の御本を通じて神道に対する見識を広めて大変参考になりました。

 ○先生のこの私のような者に対するご関心とご評価を考えてみると、もしも、聖心仏陀先生と○先生とが面会されておられたならば、恐らく○先生のような崇高な理想、高い志、破天荒な意志と情熱、暖かい情感を有される方ならば、必ずや何の邪念や猜疑心、そして抵抗もなく素直に心を寄せて多大なるご関心やご評価を寄せられたのではないかと思います。私も随分と多くの方に発送し打診しましたが、残念ながら○先生のお名前は全く知りませんでしたし、昨年末に偶然に知ったものでした。それも講演会に参加出席していたら、直接事務所を訪ねてお会いし会話することもなかったように思います。何故か不思議と聖心仏陀先生が巡り合わせてくれたのではないかとさえ思うようになりました。

 ところで聖心仏陀先生は、「宗教改革は100年から150年ぐらい先になるだろう」と言っておりましたが、全ては2001年の9.11事件で歴史が大きく変わりました。これは既に幾度とも無く実施してきた成果の影響により、邪悪な想念波動の勢力が魔を招き寄せた結果だったのではないかと思います。これまでに、一度に数千冊にも登る冊子を、述べ十回ほども手作業で製本して発送してきた結果、聖心仏陀先生の波動が全世界に浸透していったが故の、宙天に鎮座される聖心仏陀先生と地上の私の思いが相通じて挟み撃ちにして、6千年にも及ぶ人類創世記以来の悪魔ルシファーの消滅、昇天ではなかったかと思います。

 聖心仏陀先生とは随分様々な分野の話をさせていただきました。聖心仏陀先生も「君が質問してくれるからこそ、僕も答えられるものだ、僕に何でも話せと言っても、僕の心は悟りの状態だから、計算しながら話すのは無理だ」と言って逆に感謝されておりました。それでも私にもっと多くの知識があればもっと色んなことが解明できたのにと残念に思っております。それにしても日本や世界にとっては多大なる損失であったことは否めません。そうは言っても、肉体を離脱して解明された大宇宙の仕組みに関しては全く理解できませんでした。聖心仏陀先生も「その内に僕の霊が教える」とも言っておりました。
                           
 さて○先生とはお会いしてから余り時間を経過しておりませんが、奥様が残された膨大な人生記録や○先生ご自身の多くの著作物を通して、貴重な行動体験や思想、理念を極めて短時間で十分に知り得て修得できたように思い、将来の日本の改革に向けて必ずや実現できるものと確信しております。○先生の書かれた本の崇高な内容と共に、先生の行動体験記録を通して伝わってくる壮絶な生き様が大きく将来に役立ってくるのではないかと思います。巷に氾濫する単なる現状分析の多くの知識は次第に状況の変化と共に修正を余儀なくされますが、○先生の本質を突いた普遍的、世界的な理念は永久に残っていき、ましてや実践における精神や精魂は末永く心打たれて胸に刻まれて行くことでしょう。書かれたものと同様に、書いた人の心魂に迫ることが何よりも大切ではないかと思います。聖心仏陀先生との対話でも同様でした。               平成15年8月3日
 

13.不思議な機縁による運命的邂逅から新しい転機の到来か

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 3月11日(木)02時07分23秒
   ところで私はむしろ、○先生の崇高な理想と高尚な内容の御本を前にして、またそれ以上に破天荒で大胆で勇気ある行動を拝見するに連れて、正に聖心仏陀先生が高く評価し期待していた田中角栄氏の行動力と福田氏の高い頭脳と清潔さとを併せ持った人物こそ、○先生ではないかとも思います。私も次第に、この日本を根本的に変える行動の原動力こそは、聖心仏陀先生の清浄で神聖な波動と、○先生の具体的な理念、理想の伝搬によるものと思います。聖心仏陀先生とは日本の改革に対しては、あらゆる分野に亘って漠然と対話したことはありますが、根本的なことに関しては特に「神道と仏道と融合して、仏道も神道を基本にしなければダメだ」と最後に言われたのにも、具体的解決が明確ではなかったのですが、今回正に○先生が提示されたお説通りになろうかと思います。

 聖心仏陀先生も亡くなる前はこの世に失望され諦観された感もありますが、むしろ仏身と成られた聖心仏陀先生は普通の人間と異なり、肉体を脱ぎ捨てられて亡くなられてからの方が、自由な心魂が働いて偉大な法力が発散されて邪悪な想念を一掃・廃絶されているように思います。聖心仏陀先生が死亡後、国内外の諸情勢がここまで辿り着き、今正に資本主義体制も崩壊前夜であることに至るとは、また聖心仏陀先生が期待した宗教改革も実現できる可能性が高まってきたことなどは、聖心仏陀先生も全く予想していなかったのではと思います。  

 聖心仏陀先生の件も共に誰にも信じ難いことでは共通しておりますが、聖心仏陀先生の件は、昔なら人々の心も素直でありましたが、今のような金銭崇拝主義、物質万能主義が蔓延するような状況下では殆ど不可能でしょう。それ故に、私が早急に聖心仏陀先生の言われるように本を書いて後世に残す役割を心より痛感するものです。なお○先生も本を書いたらと薦めてくれましたが、一応、聖心仏陀先生に関する高度で崇高な宇宙理念に関するものは晩年の仕事として譲るとして、日本の改革に関するものは既に骨格的には完成しており、後はタイミングを計っているものです。

 ところで聖心仏陀先生は米国崩壊に関しては有り得ないものとして言及しませんでしたが、聖心仏陀先生の死後、私が心魂を賭して仕掛けた闘いにより情勢は大きく変わったものと思います。また、バブル崩壊後、先生は「土地は少なくとも10年間は騰がらないだろう」とも言われましたが、今やバブル崩壊後、13年を経過しても一向に改善しないばかりか、デフレ深刻化と共に資本主義経済の崩壊の兆候すら出てきました。聖心仏陀先生は、世の中がどうしようもなくなると言っていましたが、まさか、資本主義体制の崩壊までは想定していなかったのではと思います。全ては聖心仏陀先生の死後、急転直下、国内外の諸情勢が大きく変化したものと思います。

 なお聖心仏陀先生は、「君を評価する勢力は君がこれまでに論文を配布していないところから出てくるだろう」「君が関与する仕事は、君が論文に書いてあることで、君が気付いていない技術的なものだろう」「それは放射性廃棄物処理でも、マグマ溜まりからのウラン抽出でもない」とも言われましたが、残念ながら次第に論文とは縁が切れていったのではと思います。

 万一表面化するとしたら、私が直接に関与するときでしょうか。また、「こんな未熟な私がどうして大それた日本の改革などできるのでしょうか」と聴くと、「周囲の皆が自然に破綻し崩壊し衰退して行くからだ。だからじっと何もしないで高みの見物で行けばいい」「君には皆が付いてくるよ」とも言い、「それでは徳川家康のような人生ですね」と言うと、「あるいはな。兎に角焦らないことだ」とも言っていました。何もしないで一体どうして評価されるのか大変怪訝に思っていた中で、○先生と偶然にお手紙でお会いすることになったものです。

 ところで聖心仏陀先生から多くのことを教えていただきましたが、聖心仏陀先生の死後に発生した2001年9.11事件以降の国際情勢に関しては、殆ど私の創造や洞察から来たものです。聖心仏陀先生も生存中に、「君には創造性があるが、君自身は未だ気付いていないものだし、その内に発揮されるだろう」とも言っておられ、また「君ほどの社交性がある者が現在の境遇に甘んじているのは勿体ない」とも言われ、何度も君を見直す動きがあるかも知れない可能性も指摘されておりました。しかし聖心仏陀先生は私に立身出世を目指すよりも、聖心仏陀先生の研究のために後世に是非とも語り伝えていって欲しいとのことでした。
 

12.不思議な機縁による運命的邂逅から新しい転機の到来か

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 3月11日(木)02時04分40秒
   ところで、恐らく聖心仏陀先生の光輝ある波動に気が付くのは、正に邪悪な想念を発信して、幾多の呪詛、祈祷を実施しているユダヤ教や、キリスト教のバチカン等の奥の院に屯し徘徊する霊能力者達が、自らの波動想念に狂いが起こり出したのに何かを感じて、聖心仏陀先生の神聖で光輝な波動を探り当ててくるのではないかと思います。「皆が」と言うからには、「国内外の皆が」と言うことではないかとも思い、それでなければ、外国に干渉され支配された現在の状況下では日本の改革などは有り得ないように思います。案外、そうしたことを発見した闇の支配権力側が最後に降参して、この世限りの人生ではなく、現世において善行を積んでいく必要があると懺悔し、自分たちの生存を賭けて宗教観を大きく変えて協力してくるのではないかと密かに思ったりも致します。

 果たしてこのような大それた日本の改革が出来るのか、全く予断を許しませんが、聖心仏陀先生が亡くなられて既に○年、東西冷戦も終結したり、また一時は聖心仏陀先生に裏切られたのではないかという失望や諦観に心が走ったこともありました。しかし結果的には何も逆らうことなく、ただ情勢の変化をじっと待ちながらも、聖心仏陀先生が亡くなって行動を少しずつ再開していったところ、特に、国連機関や米国政権内にまで聖心仏陀先生の波動を浸透させていったところ、2001年9.11事件が発生し、急転直下、国内外の情勢が大きく変化してきたわけであります。

 これから如何なる情勢が展開されるか予断を許しませんが、聖心仏陀先生が暖かく宙点より見守って下さることを祈念して、最後には聖心仏陀先生に色々と教えていただいたお礼をお返しすると言う約束を果たしていこうと思っております。私が聖心仏陀先生に「色々と教えていただいて、一体どうしてお返ししたらいいのでしょうか」と問うと、聖心仏陀先生は「最後に返してくれればいい」とも言っておられ、恐らく、聖心仏陀先生が祈念した日本の改革を立派に成し遂げることで、宙点に鎮座される真の神仏を始め、聖心仏陀先生の御霊に奉納することにより、達成されるものと思っております。

 思えば、聖心仏陀先生と知り合った以上の感動、感激を、○先生の著作を通して、その破天荒な行動体験、熱き情熱に燃えた心意気、崇高な思想、創造的で理想的な理念を痛感するものであります。○先生は聖心仏陀先生と同じくらいに私の人生に感動を与えて下さったようです。○先生の大胆で勇気ある行動、高尚な思想、理念、理想が、不思議と聖心仏陀先生の言われた崇高な自力心と殆ど同じであることに大変驚かされる思いです。もしも聖心仏陀先生が生存中に○先生のことを知っておられたら、何と評価されたことでしょう。

 聖心仏陀先生は、田中角栄氏の破天荒な心魂を高く評価しており、「悪い面よりも良い面の方が勝っているからこそ支持するのだ」と言い、他方で「田中氏に福田氏のような明晰で緻密な頭と清潔さがあればなあ」とも言われ、田中氏の大胆な行動力は高く評価されたものの、税金ドロボウのようなことは止めることだと不快感を示されておりました。他方では、先輩の政治家諸氏の墓に参拝される敬虔な佐藤栄作氏が聖心仏陀先生に心を寄せて来るかなと期待もされておりましたが、佐藤氏は結局、心を寄せてくることはありませんでした。むしろ最後まで、聖心仏陀先生は、田中氏が心を入れ替えて、ロッキード事件がなかったならば、あわよくば心を寄せてくることがあるかも知れないと期待しておりました。田中氏ほどの病状ならば、とっくに生命を落としていたのに、長く持ちこたえたのも先生が守っていたものであり、平成5年に田中氏は急速に世を去ったものでした。なお、大平首相が生前に、日記に「信じ難きことを信ずる事勿れ」と書き残したのは、正に聖心仏陀先生のことではなかったかと思います。周囲には何のことか解らなかったために、新聞などで公表したものでしょう。
 

11.不思議な機縁による運命的邂逅から新しい転機の到来か

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 3月11日(木)02時03分38秒
   ところで恐らく、現在、世界中で発見されている超古代の不思議な遺跡や遺物の数々、例えば不思議な骨折の治療の痕跡、どのような道具で平滑な面に研磨したのか解らない岩石の壁面などはこうした聖心仏陀先生のような方がおられたものと思っております。勿論、先生のような真力、真法ではなく、例えば、ピラミッドの巨石建造物のような魔の力、魔法を行使したものも多いようです。また「天孫降臨」の話でも、現代の科学に合わないからと言って決して荒唐無稽のものでもなく、大変良く理解できます。先生も「僕のような悟覚した人間は過去、三千年に一度の割合で地球上に生誕して来たようだ。ただ釈尊はこうした幾多の法力を有する修行はしなかったようだ。専ら説法で大衆に真理の法話を教えていったものだ。また他の多くの霊能力者は畜生死霊魂の魔感で論外だ」とも言っておりました。

 ところで、聖心仏陀先生は「君には皆が付いて来るよ」とも言っておられました。この「付いてくる皆」の中には、職場の人間、家族や親戚、学生時代の同級生などは余りにも近すぎて、逆に嫉妬や妬みを感じて付いてこることはないと言うことでした。そして、私が「左右両勢力が存在するのに、皆が付いてくるとは一体どういうことか」という疑問に対して、聖心仏陀先生は「左右両勢力が激突して共倒れになって中庸勢力が台頭して来るからだ」と言うことでした。

 恐らく皆が付いてきて日本の改革が成されると言うからには、敵側の国際金融資本も破綻して、彼らも総懺悔して、利用するのではなく自らの生存を賭けて協力してくることかなとも思います。恰も1929年の世界大恐慌で疲弊した世界経済の建て直しのために、ドイツ人の物作りという才能を利用するためにヒットラーに資金を提供してしたように、日本に世界の運命を託すように協力してくるのかなとも思いますが、ヒットラーと異なるのは、国際金融資本が日本を利用するのではなく、懺悔した後に逆に日本に世界の再生のために協力すると言うことでしょう。恰も、アインシュタインが、「幾度の戦いの後に、世界の盟主は日本に帰っていくだろう」と言っていたことが実現されるのではないかという予感さえ致します。

 聖心仏陀先生も、私が「日本の改革とは言っても膨大な資金が掛かりますね」と言うと「金ぐらいは出す者は幾らでもいる」と言っておりました。日本の改革に向けて、資金を提供するのは日本人単独のことか、国際金融資本の意を受けた日本人グループかの何れかでしょう。呉々も注意しなければならないのは、彼ら寄生虫に利用されないようにすべきでしょう。恐らく、資本主義体制の崩壊、西洋文明の崩壊と共に、彼らの宗教観、信仰観も大きく是正を余儀なくされていくことでしょう。彼らはそれぐらいは大きく転換させるだけの無節操性乃至柔軟性も有しているように思われます。正に寄生虫である故に他ならないからでしょう。

 更に聖心仏陀先生は、「国民が知らずの内に改革が進展することになるだろう」とも言われ、私が「それでは一体誰のお陰で改革が進んだのか分かりませんね」と言うと「後世の歴史家が。今後展開される不可思議な歴史を解明するだろう。」「僕のことを理解する者が指導者になっても、改革は出来るだろうが、僕のことを説明しても誰も理解できないだろう。僕を活用しないのは国家的な大損失だ。米国ならば、僕を評価し採用するだろう」とも言っておりました。

 しかし、聖心仏陀先生は「逆に僕のこともそうだが、大々的に評価されて採用されていけば、その時だけの名声で終わり、後は捨てられるだけだったであろう」とも言われ、恰も、忠臣蔵のようなものだと指摘され、忠臣蔵も当時は排除され否定されたからこそ、後で歴史的事件として今日に至るまで語り伝えられて来たものだと言っておりました。聖心仏陀先生は、私に「忠臣蔵の折りに、一人こっそりと生き延びた寺坂吉右衛門のように、後世に真実、真理を末永く語り伝えていく人物になって貰いたい」と堅く依頼されておりました。多忙な私で才能も無い中で、果たして実現可能かどうか解りませんが、何時かは達成していく決意を絶えず忘れないように日々努めております。今となっては、聖心仏陀先生の件も、私が後世に残さなければ、数千年間も歴史の闇に埋没していくものと言えるでしょう。仏身顛化は釈尊以来の歴史的大事件でしょう。
 

10.不思議な機縁による運命的邂逅から新しい転機の到来か

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 3月11日(木)02時01分46秒
   卑近な例では宝くじや競馬などでも正解が解るようでしたが、聖心仏陀先生は「万一、僕の法力を野心や利欲のために使用すれば、天罰を喰らって行くと神仏から教えられている」とも言っておられました。あくまでも偉大な法力は国家社会のためにしか使っては成らないものでした。

 なお聖心仏陀先生のお話では、全国を行脚してある時に骨折を治して差し上げた方が、別の事故で医者に掛かって手術を受けられた際に、聖心仏陀先生のよって治された骨折の後を見て、「一体これは誰がどうやって治したのだ」と驚異の目で見ていたと言うことです。目下、世界中で発見されている不思議な頭蓋骨のひび割れの治療後や骨折の治療後も、一体どういう科学技術で治したのかが疑問視されているようです。恐らく聖心仏陀先生のような方が数千年前以上にもおられたということでしょうか。

 私も古い少年期以来の脱臼の傷も即座に治していただき、大変驚いたこともあります。また、○の某幹部から受けた激しい嫉妬の怨念で、普通ならば半年ほどの治療を要する腰痛でしたが、その腰が動かなくなった際も、聖心仏陀先生のおられる○まで必死の思いで辿り着いて治していただきました。不思議と聖心仏陀先生のところへ向かう気持ちが、痛みを和らげたのですが、殆どの方はこの段階で、一見治ったものと錯覚して帰ってしまうようです。また多くの方は治っても、医薬で治ったものと錯覚し、再度、不具合になっていくようです。私は他にも幾つかの骨折も治していただいたり、○年近くも苦しんだ肩の脱臼寸前の状態も治きました。
 
 これまでに聖心仏陀先生によって病気等を治療してもらった方は、医者も薬も入手困難でただ聖心仏陀先生を信じるしかない背水の陣の身命を賭した心境に至るような全国の僻地、離島、離村が中心でした。それでも多くの方は、結局は治れば後は用無しで、単なる現世御利益として聖心仏陀先生を利用したもので、聖心仏陀先生のことを社会的に教え広めていこうとされる者は全く皆無でした。地方の某宗教の僧侶や某信用金庫の社員ぐらいが聖心仏陀先生の教えに熱心であったのですが、所詮、自分のための知識としてしか関心が無く、それを越えて国家社会のために宣伝普及させ役立てようとするものではありませんでした。

 結局、聖心仏陀先生は、私に全てを託されたように思います。「外の者は自分のためでしか関心がなく、そうでなくても自分の境遇を捨てなければダメだ。君には最初から専門にも染まらず利害得失もなく、何にも先入観も固定観念も無いところから僕に付いてきてくれた。君には是非とも作家になって、僕のことを後世の語り伝えていって貰いたいものだ。君は随分と変わった作家になるだろう」と言っておりました。こんな未熟で大して才能のない私に、作家の才能自体があるのかどうかも解らず、果たして何が出来るのか分かりませんが、その内に先生が教え諭して導いてくれるものとじっとそう言う時期が来るのを待っているのが偽らざる心境です。
 

9.不思議な機縁による運命的邂逅から新しい転機の到来か

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 3月11日(木)01時59分42秒
   それでも釈尊の頃でも、多くの人々は、釈尊の悟った心に共鳴し共感したのではなく、釈迦族の王子であったという身分、境遇に惚れ込んで信頼して付き従ってきたと言えるでしょう。学歴や財産もない聖心仏陀先生に付いてくるような物好きは全く私以外にはないようでした。居ても単なる病気を治して貰った現世御利益の対象や、知識の修得と言った自己満足でしかなく、とても社会的に後世の人に語り伝えていこうとする崇高な目的に協力する者など殆ど居ない状況でした。聖心仏陀先生も「君のように、こんな僕に心を寄せてくるなんて、○年に一人ぐらいだな。僕が君に出会ったことは僕にとっても日本にとっても、また歴史的にも非常に良かった。」とも言っておりました。

 聖心仏陀先生と言い、私は全く大馬鹿者であったようにも思います。誰も見向きもしないで無視していくものに、素直に頭から信じて真剣に対峙し、国家社会のために役立てようとする思いは、正に天下の大馬鹿者であることでしか解明できないものでしょう。学校すら満足に出ていない上に、山中においてひっそりと暮らし、1年の半分は北海道などの僻地や離島に赴き、不治、難病、奇病の治療に当たってこられた聖心仏陀先生に心を寄せていくことに対して、先生も「君のような○の○い者が、こんな僕のような境遇の者の言うことを真剣に聴いて協力をしてくれるとは、僕は君と知り合ったことが大変良かった。恐らく、歴史にも残るだろうし、何時かは吾々のことがテレビなどで放映されるだろう。君の先祖には大変立派な人物が居たのだろう。君を正しく評価する人物が何時かは現れるだろう。」とも言っておりました。

 聖心仏陀先生の書かれた物は現代的な文章では全くない故に大変読み辛いことも確かです。私も殆ど読まずに封印してきたもので、多忙な仕事や試験勉強で先生に十分に質問する余裕もなく、ましてや国内外のあらゆることに対しても充分に打診し質問して納得を得たのではなく、私の未熟さや多忙さ故に、訊ね漏らしたことも多々あり、もう少し時間と知力があったらと後悔したものです。

 聖心仏陀先生は大学風の学問の経験は全くなく、真冬の夜中から夜明けに掛けて、氷の張った水中に身体を投じて、身命を賭して自らの魂を肉体から離脱させて、大宇宙に昇天させて、広大無辺の仏智恵を授持し会得するような法行、またマムシや熊が出るような道なき道を掻き分けて歩んだり、滝に打たれたり、真冬の山で寝泊まりして大自然と一体となった修行を実践されて、体得された法力は50ほどもあるようで、政治、経済、社会、医療、技術、科学などのあらゆる事象の因果関係を即座に把握し解決策を提示することが出来たようです。書かれる文字も自然と山の端に浮かぶもので、それをキャッチしたものでした。ですから聖心仏陀先生が書かれる文字には、今日一般には使用されていない文字ばかりか、人間界で使用する文字、象徴的に文筆の世界で使用される文字、そして大宇宙の真理、哲理、摂理を解明するための文字等と使い分けていたようです。正に伝説的に言われたように「最初に文字有き」の世界のようでした。

 聖心仏陀先生の体得された偉大な法力は、あらゆるものの因果関係の解明を始め、地下資源探査、地震探知、巨石移動、骨折治療、病気診断、機器の故障探知、難解な数値計算などに至るまで、実に広範多岐に亘る様々な事項に関するもので驚くことばかりでした。「僕に出来ないことは空を飛ぶことだけだ」とも言っておられました。そう言えば、伝説上の人物として空中を飛んだ久米の仙人もおりました。またテレビの中から料理の味が解り、あの料理では甘すぎるとか言われたり、臭いも感じられるようでした。離れ離れになった親子の関係も即座に判明できるような法力も有しておられました。現在の魔力を行使する幾多の霊能力達は、とても地下資源探査や、骨折の治療など出来ません。何よりもこうした魔力行使の霊能力者達は先生の波動の前では、魔法、魔力の行使は不可能のようです。
 

8.不思議な機縁による運命的邂逅から新しい転機の到来か

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 3月11日(木)01時58分23秒
   思うに、資本主義の崩壊と共に全世界が巻き込まれて破綻し、そうした廃墟の中からでしか、新しい国家社会の改革は為し得られないように思います。恰も大東亜戦争のような大混乱の到来と共に、国民総懺悔により、意識変革が成されて行かねば日本の改革などは有り得ないように思います。聖心仏陀先生が言われたような「日本の改革は可能である」と言うのは、一体、何処までの改革なのか、詳細には確認しませんでしたが、矢張り、○先生がいみじくも御指摘されているような、真の神道や天皇制の確立を含め、米軍基地の撤去や日米地位協定の改訂、自主憲法や自主防衛に基づいた自立、自主、自存の真に独立した国家の健全な基礎の確立に他ならないと言えるでしょう。これらが達成されなければ、日本の改革などとは言えないでしょう。現在の構造改革は米国に利権を売り渡す売国的政策以外の何物でもなく、全くのペテン、似非、トリックに他ならないものでしょう。

 今、漸く聖心仏陀先生とのお約束を果たさんとする激動の時代が急迫しつつあるなと言う想いです。それは正に歴史的大激動の到来でしょう。デフレから一気にハイパーインフレへの経済崩壊から国家破産へと、また資本主義体制の崩壊から世界大恐慌へと、そして北朝鮮有事や中近東情勢の不穏化など、かつて無いほどの大激変が襲来しつつあるように思います。それだからこそ、こんな私のような者でも国家社会に貢献できる機会が訪れるというもので、正に戦国乱世の到来でこそ、真に国家社会を想う者が活躍できるのでしょう。

 日本における霊能力者共は、灯台下暗しで何も感じないでしょうが、恐らく、海外の霊能力者達は日本からの何らかの波動を感じていることでしょう。これは聖心仏陀先生も生存中に「僕のことは外国では何らかの波動を感じ始めているだろう」と指摘されておりました。恰も、医者が自分の胸に聴診器を当てても何も解らないのと同じであり、また易者が自分の手相や顔相を見ても、自分の未来を予知出来ないのと同じでしょう。正に「灯台下暗し」でしょう。その内、海外の霊能力者当たりから聖心仏陀先生の光輝な波動を感じることであろうと思います。既に海外の霊能力者からそのような指摘も現れ出しているようです。

 ところで、私が聖心仏陀先生に、「私も先生のように深山幽谷の地において身命を賭した修行をする必要があるのでしょうか」と聴くと、聖心仏陀先生は、「君も僕と同じ苦しみを無意識の内に体験してきた。今更敢えて山野に入って修行などする必要はない。もう充分だ。これからは僕のことを皆に伝えていって貰いたい。それに修行と言っても仏身顛化の仕組みを知った以上は求める意識を有するものになるだけに、打算、利欲の目的行為であり真の修行や悟覚には成り得ない。」と言っておりました。
 

7.不思議な機縁による運命的邂逅から新しい転機の到来か

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 3月11日(木)01時57分15秒
   今では2500年前の釈尊が残されたものは何もありませんが、聖心仏陀先生の場合は、残された御本により、今や私がその一部をコピーして述べ数万部も配布送付したことにより、世界中に神聖で清浄な波動が伝搬し浸透しており、次第に邪悪な想念が一掃されていくように思います。聖心仏陀先生も生存中にも、確か○年代の後半頃にも、「既に僕の念が全ての者に入ってしまった。後は何もしなくても良い。僕には数万の眷属が付き従っており、これらが僕に代わって行動するだろう。多くの国民が知らずの内に改革が進展し、悪事が暴露され、邪悪な念が一掃されていくだろう」とも言っておられました。

 私も聖心仏陀先生と巡り会って共に会話したのが、人生の正に実質的な親子と言っても良いぐらいです。聖心仏陀先生が亡くなられても、「僕が死んでも何も心配はいらない。僕と心が通じている限り僕の霊が教える。但し、実家に帰れば、僕との縁が切れるだろう。何故なら邪念に邪魔されるからだ」と言われました。昔、釈尊が「自分の肉体が滅んでも心から慕う者にとっては私は永遠不滅である」と言う趣旨の御言葉を残されたのも、実に心が仏身と通じ合う以上は、決して死など悲しくはないと言うことではないかと思われます。正に聖心仏陀先生の霊が助け教え導くと言うことでしょう。これは○先生が戦場で、神武天皇や明治天皇の霊が夢に出てこられて、先生を傍らから教え導き守られたものと同じものではないかと思います。

 さて2500年前の釈尊が残されたものは文献的にも写真的にも何もなく、仏教教典にしても釈尊の死後500年を経過して霊感や魔感で作成されたもので、実に多くの誤謬や偏見を含んでいるようです。今や釈尊の生存の有無を含めて伝説と化しており、世界中の多くの信者の方々は、仏陀、如来、成仏、仏身という真の意味が理解できずに迷路を彷徨っており、僧侶などの似非説法に誑かされているのが実体でしょう。聖心仏陀先生の場合は釈尊時代と大きく異なって、聖心仏陀先生が書かれて真の神仏の清浄で神聖な波動が宿る痕跡が多く残存し、即ち聖心仏陀先生が宙点より把持され授持された偉大な真法が漲り充満した清澄な大宇宙の波動がこの地上に存在し、これを基に聖心仏陀先生と心が通じる者によって、神聖で光輝な波動が世界中に浸透し伝搬し邪悪な想念波動の一掃廃絶が可能であると言えるでしょう。

 既に、聖心仏陀先生の書かれた物は、これまでに国内外の全世界に数十回にも及んで述べ数万冊も配布し送付してあり、宙点の荘厳な波動も伝搬し浸透しております。国内は勿論、海外にも米国現政権内部にまで、そして国連各機関や外国政府大使館や外国マスコミ関係に至るまで、実に広範囲に行き渡っており、これは全く聖心仏陀先生と私とが独自に発想したゲリラ戦法であります。国内外でも政財官界から芸能人からあらゆる階層にも及んでおります。私もたった一人の人海戦術で一枚一枚のコピーの折り畳み、並べ替えから製本、封筒の宛名書き、発送までの一連の膨大な作業を、通常の仕事の合間に何度ともなく実行してきました。聖心仏陀先生のものは何も読まなくも、○と言う感想だけで十分なのであります。実に数万の眷属が周囲から波動的に守護している故に、何らかの善悪の念が入れば良いのであって、邪悪な念ならば一掃され、善の念ならば守護されて次第に淘汰されて行くでしょう。

 聖心仏陀先生も、既に生存中の○年代の後半において、「国民が知らずの内に改革が進展していくだろう」と言っておられましたし、「君が将来出会うやり甲斐のある日本の改革の機会も、国家社会が破局に向かう大混乱の中で、正にどうしようもない中で登場してくるだろう。君は今はこんなところでモタモタしているが、最後は大きく飛躍していくだろう。」と言っていました。逆に言えば、危急存亡の危機に至らない限り、私ぐらいがのこのこ出ていっても、もみくちゃにされるだけであり、改革などは全く不可能であるとも言えるでしょう。国民皆が付いてくるような国内外の環境の激変の到来が必須と言うことでしょう。
 

6.不思議な機縁による運命的邂逅から新しい転機の到来か

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 3月11日(木)01時55分14秒
   聖心仏陀先生も肉体の消滅後からの神通力は実に偉大なものがあり、私も、時折、極めて危険な行動に対してよくも生命が無事だなと感じることも多くあります。逆に見れば、邪悪な勢力が次第に衰退、衰滅して来たとも言えるのではないかと思います。聖心仏陀先生も生存中は、「仏身としての僕が宣伝すれば、自己宣伝となり売名行為となり、それでは天罰を喰らうことになるから出来ないのだ。君が実行する分においては、僕のために実行するのであって売名・利欲ではないから構わない。なお、殆どの者は、仏身とは何か理解できないが、僕には、例え、○であっても、僕に心を寄せてそれを尊重し大切にする者が対処する以上は、そこには真の神仏の波動が宿っているから、嫌悪、中傷、攻撃を加えることは要注意であり、敢えて実施すれば、自らの邪念が自らに跳ね返り、衰退、衰亡の運命に至るだろう。これは世界中のあらゆる権威や権力にも当てはまることだ」「仏身の僕を普通の人間と同じように見てはいけない」とも言っておられました。また粗末に取り扱うことは単に御理益としての効果が無くなるばかりか、衰退、衰滅の結果を招来して行きやすいので厳禁だからです。

 また聖心仏陀先生はある時、「世の中が騒然としてきたときには、日本からひょんなところからひょんな人物が救世主として現れるだろう。それは政治家や高級官僚、学者、マスコミ界、宗教界からではない。その救世主は真剣に苦悩し呻吟する経済界が担ぎ出すだろう」とも言われ、私が「救世主とは先生のことではないですか」と言ったところ「いや違う」と言い、私が「それでは先生の書いた物を配布して何処かで何かを感じ波長が共鳴した者ですか」と聴くと、「そうだ」と答えられておりました。また「この救世主の方は霊感がある者でしょうか」と聴くと「救世主と言うからには、ある程度そう言う者ではないかな」とも言っておりました。残念ながら私には霊感なんて有り得ないから、恐らく、私が聖心仏陀先生を紹介して配布したことに感銘し共鳴する者から出てくるのでしょうか。また「救世主は難局を打開し方向を示して救済した後はさっさと身を引いていくだろう」とも言っておりました。

 思うに、2500年前の釈尊も、自分の死後、2500年後に救世主が現れるだろうと言い残されたそうだし、中世の預言者のノストラダムスも、20世紀から21世紀に掛けて東洋の某国から「別のもの」が現れれば、自分の「悪魔的な」予言が当たらなくなるだろうと言うことを言っていたようです。既にノストラダムスの予言も1997年頃から外れていると言った指摘もあるようです。何か、激動の時代の到来と共に、優れた指導者が現れて、私も日本の改革に参加協力できる機会が出てくるものという思いが致します。また、今では世界中の霊能力者達が真の救世主の到来に関して感じているようです。

 多くの人々は、モーゼやキリスト、ヨハネ、パウロ、そして日蓮などの霊感がある宗教家を偉大で重宝がる傾向にありますが、聖心仏陀先生のご指摘では、「神と対話した、神の声を聴いた、神の姿が見えた」などの幻視、幻覚、幻影を体験するものは、全て輪廻転生界に徘徊し漂流する魔の神仏、即ち、畜生死霊魂に他ならず、仏身の聖心仏陀先生の前では何ら魔力は発揮できないだろうと言っておられました。そして真の神仏は輪廻転生界を超越した超絶無限の妙理の宇位、無位、空位の仏界、神界の玉座に鎮座されており、この地上には存在せず、また地上に降下してくることは無い。後は真の神仏は各自の肉体奥深くの心魂にこそ宿っている。神仏は他に求めるものではなく自ら成ることだ」とも言っておりました。

 実に釈尊が悟覚されて「如来」と成られた仏身顛化と言う歴史的大偉業は、肉体から自らの生命体である魂が離脱して、その神聖で清浄の極みに到達した魂が宙点への入場を許されて開扉されたものであり、再度、肉体内に轟音をもって帰郷してきたものであり、正に「如来」とは「来るが如し」の意味であるようです。これなくして獲得した霊感は魔の畜生死霊魂が付着し憑依し感応したものに他ならないとも言われました。そしてこの霊感こそ、崇高な心魂とは裏腹に、魔の地獄界を近接したものであり、最後には地獄の苦しみに陥っていく非常に危険なものであるとも警告を発しておられました。むしろ心魂が正常な者には霊感という魔感はないのだとも言っておりました。
 

5.不思議な機縁による運命的邂逅から新しい転機の到来か

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 3月11日(木)01時54分18秒
   当方も幾多の精神的どん底を経験してきましたし、聖心仏陀先生がおられなかったら、自爆し自滅していたものと思われますが、今日まで脱線し暴走せずに来れたのも、聖心仏陀先生の奥深いご指導があった賜と思っております。そして普通○の30年分ぐらいの体験を一気に1年で経験し、新たな日本の改革へと大きく目的を切り替えられたと言えるでしょう。その聖心仏陀先生も既に亡くなられてから2003年で○年経過し、聖心仏陀先生が言われたような時代が袋小路に行き当たり、どうしようもない壁に行き当たっており、当方も次第に身命を賭して聖心仏陀先生の言われた大激動の時代に突入していく気配を痛感する毎日です。

 今や上空に立ち込めていた暗雲が、その天空の一角が切り裂かれて太陽が燦々と射し込んで来たように思います。日本の改革と言っても、果たしてどうしたら可能かなと思案に暮れていたところ、2001年に9.11事件が発生し、これまでの歴史が10倍から100倍以上にも急展開していき、益々加速化しつつあり、闇の世界が一挙に暴露されてきたように思います。そして2002年末段階で既に霊的には勝負が決着したと思われるのも、私を評価し理解する○先生が現れて、幸運にも小生の拙文を冊子に掲載していただいたことが、後世の歴史においても、混迷する状況の突破口を切り開いて、潮流や波動、空気が更に大きく転換した意味で、実に画期的な事件になるものと思われます。

 聖心仏陀先生も亡くなる数ヶ月前には電話にも出られなく、最後には、既に東西冷戦終結して国際的緊張が終了したにも関わらず、「大変な時代が来るからその為の準備をしておくように。家は買ってローンなど組んではいけない」と言い残されて、暫くは東西冷戦終結の余波もあって、その大激動の予兆も感じられなかったのですが、今や、漸く深刻な死に至る病のデフレ経済の到来と共に資本主義経済の崩壊の歴史的大変動が襲来しつつあると言えるでしょう。

 聖心仏陀先生が言われた「日本の改革」は、どうやら大混乱の後にやってくるものと思いますし、国内外の諸状況、即ち世界全体が崩壊しなければ、聖心仏陀先生の言われたやり甲斐のある国家改造の実践など不可能にも思われます。聖心仏陀先生も既に「全てが壊れなければダメだ。特に役人根性が解体されなければならない」とも言っておりました。私も次第に日本の改革の骨格が掴めてきたようです。全ては聖心仏陀先生が宙点から暖かく見守り導いてくれているものと確信しております。

 聖心仏陀先生が「僕と心が一つになれば日本の改革は可能だ」と言われたのも、実に、売名、打算、利得の邪心を一切排した虚心坦懐の清浄で神聖な光輝ある心魂でこそ可能であろうと思っております。それ故に、聖心仏陀先生も「急いては事を仕損じる」などと言われたのも、全ては邪念を排して心魂を浄化・錬磨することを最優先するべきだと言うことだったものと思っております。しかし聖心仏陀先生が「危険だから行動をしてはいけない」と言われた忠告を、聖心仏陀先生の死後○年末以来、国内外の空気・波動を見ながら破って来ており、徐々に邪悪な想念を一掃し廃絶するべく行動を再開してきました。
 

4.不思議な機縁による運命的邂逅から新しい転機の到来か

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 3月11日(木)01時51分59秒
   また、一方で、聖心仏陀先生は「僕のことは技術普及に便乗して世に出て行くであろう」とも言っておられました。聖心仏陀先生の名前が世に出るというのではなく、聖心仏陀先生の波動想念が教え導いて宗教の改革が実現できるという意味ではないかと思います。亡くなる前にも、「君にはやり甲斐のある仕事が待っているだろう。それは日本の改革だ」と言われ、私が「優秀な者が多くいるのにそんな大それたことなど出来ますかね」と聴くと、聖心仏陀先生は「僕と心を一つにすれば可能だ。決して焦ったり急いてはいけない。激動の情勢が到来するからこそ、普段なら能力ある者でも中庸・中道に外れた周囲が次第に衰退し衰滅し沈没して行くことになり、君が浮上してくる機会があるのだ。」

 「兎に角、周囲は皆敵だと思って、○では平凡に生き、○では惚けろ。○とは縁が切れるだろう。皆が付いてくるとは言っても、改革は命懸けでやることだ。恐らく家庭改革は皆が反対するだろうな」と言われました。日本の改革が、どのような内容かは明言されませんでしたが、聖心仏陀先生との色んな会話の中にぼんやりと浮かび出てくるように思います。そんな折りに巡り会いました○先生の書かれた御本は、文明史の総決算を展望する上で、また新しい日本の改革に向けて何を目指すべきかで大変参考になる思いです。

 また「何時かは君のことを評価し理解する者が現れるだろう。それは技術ではない。別の課題だろう。恐らく経済界当たりから君を引っ張り出すだろう」とも言っておりました。「日本の改革に向けたその折りのために○士資格は絶対に必要となるだろうから、取得しておいた方が良い。また大混乱の時代が来るから何か食うための国家資格も取得しておくことだ。○士の資格は余りにも高度すぎて使い道が無く将来性がないから、別に国家資格を取得しておくように」とも言われ、当方も、聖心仏陀先生との対話も中途半端にして、膨大な時間を割いて○士や○士等の国家試験に挑戦してきたものでした。「職場では平凡に行け」と言われたのも、全ては、嫉妬や妬み、反対や攻撃の強い職場で、執着したり社交性を発揮してて変な野心を有して反感を買って自滅して行くよりも、また短気を起こして飛び出したりするよりも、日本の国家社会の改革のための行動実戦に向けて、また聖心仏陀先生のことを後世に語り伝えていくことを最大限に優先されたように思います。

 聖心仏陀先生が○年に亡くなってから○年経過した後の2001年の9.11事件やイラク戦争が発生し、そして国家破産の危機などが急迫化してきて、隠れていたというか当方の洞察力や先見性が一気に表面化して来たように思います。聖心仏陀先生も生存中に、「君は何も特別に専門も人生目的も決まらなかったからこそ、また仏教の専門書も殆ど読まなかったからこそ、こんな僕に付いてきてくれた。僕は君と出会ったことが大変良かった。君は先見性や洞察力が出てきた」とも言っておりました。

 そうした中で、2002年末に○先生が資本主義の終焉を予想された何気ないお手紙に対して、当方が少しコメントしただけの手紙の拙文が○先生の冊子に紹介され、これが宙天に到達して歴史的な転機となって波動や流れが大きく変わり出したように思います。今まで周囲から全く無視され排斥され攻撃されてきたのに、急に人生経験豊かな○先生から好意的に評価されたのには、今になって思えば不思議な機縁を痛感いたしました。
 

3.不思議な機縁による運命的邂逅から新しい転機の到来か

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 3月11日(木)01時48分29秒
   ところで、聖心仏陀先生とは、当方の簡単な紹介文の「真の仏身顛化の大偉業を達成」の第9〜第13項でも指摘しているように、2500年前の釈尊と同様な体験をされて、見事に仏身顛化の歴史的大偉業を達成されたものです。なおこの紹介文は前に「広く国民各位に訴える」と称して配布したものを最近改訂したものです。そして偉大な広大無辺な仏知恵を宙点から授持されて、その後に前人未踏の激しい修行をされて、偉大な法力を授かられたものの紹介です。

 私も半信半疑ながらも素直に信頼し、実の親以上に心を寄せて、先生と出会って以来たった独りで指導を仰ぎ協力してきたものでした。肉体を超絶された宇宙理念に関する霊魂の世界は拝聴しても殆ど理解できないのが真実でしたし、また私以外には殆ど誰も協力者もないのが現実でした。聖心仏陀先生も既に生存中は諦めておられ、晩年になって子供達が成長して家から出て行った後に、山野で心静かに先生のことを研究して後世に語り伝えていって欲しいと言っていました。それにはまず、何らかの形で世間に名が出ることが必要だろうとも言っておりました。

 聖心仏陀先生は生存中は何度も、「僕のことは君の子供達の孫の代の頃、150年ぐらい後になって、世界の全体制がどうしようもない状況に陥った頃に、誰かが僕の書いたものを発見し解明し採用していくことになるだろう。ただし、君が本でも書けば早まるだろう。」と言っておられ、最後は、「君には作家になってもらいたい。そして僕のことを皆に伝えていってもらいたい。君が作家になれば随分と変わった作家になるだろうな」とも言っておりました。

 聖心仏陀先生が薦めた国家資格は、正に日本の改革に向けた状況下で無いと不利になるから是非とも必要だと言っておりました。従って、先生を研究して本を書いていくのは、実に日本の改革を成し遂げた後ではないかとも思っております。聖心仏陀先生が指摘した世界が大きく行き詰まるというのは、まさか資本主義体制が崩壊することまでは予想外ではなかったかと思い、正に、聖心仏陀先生が生存中や亡くなられてからの私の度々の行動が、大きく先生の波動を次第に伝搬させ浸透させていったが故ではなかったかと思案するばかりです。 
 

2.不思議な機縁による運命的邂逅から新しい転機の到来か

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 3月11日(木)01時46分13秒
   私も人生体験が未熟ながらも、素直に聖心仏陀先生の偉大な業績に心打たれたり、多くの国民が私同様に当然に感動して付いてくるだろうと安易に思った次第ですが、結果は全くの無視、無関心、無感動どころか、当方に逆襲してくる有様でした。その邪悪な想念波動を受けて、当方や家族にも幾多の災難が降りかかり、聖心仏陀先生も危険だから二度と宣伝してはいけないと言われ、当方も聖心仏陀先生のことも今世では無理だと思ってきたものです。

 ところが周囲の邪悪な想念波動の影響を余り感じなくなってきて、ついに平成12年(2000年)正月をもって大きく波動が転換してコンピューター2000年問題(Y2K)も回避でき、更に2001年9.11事件を契機に歴史的転換が成されて、2002年7月にユーロによる米国流出から米株大幅下落からドル崩壊の兆候が現れ、そして2002年末で私の拙文が○先生に評価されて貴会冊子を通じて世に出ることによって、○先生の念が宙天に通じて暗黒の天空の一角が切り開かれて光明が射し込んでくるように大きく変化していったものと思っております。

 そして聖心仏陀先生も「必ずや浮上してくるだろう。○年ぐらいはお蔵に入っても構わない」とも言われ、また「僕のことは君の子供の孫の代になってから、恐らく150年ぐらい先だろう。また、君が配布した者には縁が無く、その子供か孫の代になって気付くだろう。しかし、君が本を書けばもっと早まるだろう」とも言っておられました。更には、「君には出来たら作家になって、僕のことを皆に語り伝えていってもらいたい」とも言われ、私が「とてもそのような才能はない」と言うと「僕の霊が君に色々と教えるだろう。

 その為には静かな山野に引きこもることだ。子供も成長した後に、そうした環境でしか創造的な研究は出来ないだろう」とも言っておりました。聖心仏陀先生は私が山奥で過ごすことに対しては「僕の生活を見ているから大丈夫だ。ただ人恋しさで寂しくならないかが心配だ、君が僕が解明したことを書き残すことは、僕のイメージと異なっても仕方がない、時代が変わり、人の心も変わっていくのだから。子供が二十歳になるまでに僕もことを教えておくように」とのことでした。私もその時のために、早々と、○年前に全15巻の漢和辞典や全30巻の日本語大辞典を購入して晩年に備えました。

 私も最早、これは自分が晩年になってから、人里離れた山野に籠もってゆったりとした心境でじっくりと研究し解説した本を書いていくしかないと言うことを痛感したものです。仕事を有している内は雑念も入って、聖心仏陀先生の書かれた崇高な真理、真実、真髄にまで踏み込んで正しく理解し後世に伝えていくことは相当に困難だと知りました。子育てや収入の点でも、いきなり研究に没頭することは出来ないものでした。従って、二度と表面に出すこともなく、静かに沈黙を守り封印していたものです。今回、聖心仏陀先生のことを世間に紹介してから○年近い年月を経過しているにもかかわらず、○先生が当方の拙文を掲載して下さった御礼と、何かの不思議なご縁を感じて進呈させていただきたいと思いますのでお受け取り下さい。
 

1.不思議な機縁による運命的邂逅から新しい転機の到来か

 投稿者:不動明王  投稿日:2004年 3月11日(木)01時43分51秒
  数千年来の仏身顛化の大偉業を達成された聖心仏陀先生の件について
 先日ご送付されてきた貴会発行の冊子に小生の拙文が掲載されており、状況に上手く適合させた内容にまとめてあり、改めて御礼申し上げる次第です。一時、イラク戦争早期終結で、当方の拙文の内容も時期的にも現実的にも多少ずれている故に、最早、冊子にも掲載されることがないものと思い、その後、気分が解放されて些か脱線気味に多少名誉毀損に絡む危険性が高いお手紙を差し上げてしまいました。
 
 更に、当方が最近まとめた広範多岐に亘る小論文の一部を集大成したものをお送りいたしますのでご参考までにお納め下さい。小生の拙論中の政治、経済、外交、行政、法律などに関する改革試案は膨大になる故に割愛させていただき、「安穏なる国家社会の建設」に向けて、家庭、夫婦、精神や心等に焦点を当て、また「古代からの宗教の改革に向けた展望」に関して最近密かに書いたものにのみ限定してお送りさせていただきます。
 
 聖心仏陀先生は、全く信じられないかも知れませんが、今から2500年前の釈尊と同様な体験をされて悟覚され如来と成られた方です。出会った当時、何気ない先生の「自分は全てが解った」と言うお言葉に素直に感銘し共鳴して信頼し信用して、その後に自宅を訪ねて三日三晩、一睡もしないで様々な分野のお話を伺い、心より信頼し、普通一般には信じ難きことを素直に信じるに至ったものです。その後は聖心仏陀先生のお書きに成られたものの製本・配布に際して当方が全面的に協力して数百部ほど政財官界や学会、マスコミ界に送付したものです。ここに同封するものは、その折りの残存する一部です。

 大学を出て間もない当方が、邪悪で猜疑な想念が渦巻く世間を知らずに、こんな素晴らしい歴史的快挙に対して皆が関心を示し感銘し協力してくるだろうと言う理想と情熱に燃えて配布したものでした。ところが丁寧な受取状は来るが中味に対しては何の反応もなく、大変失望したものであり、このような素晴らしい画期的なアイデアに関しては皆が感心して付いてくるだろうと言う想いがあったのですが、西田聖心先生の件にしても、実に歴史的に画期的なことでありますが、何分、目に見えない心魂、如来、仏身に関するもの故に、理解されることもないままに無視され敬果的には、無関心、無感動、無気力の馬耳東風の明きメクラでした。遠され排除されてきたものです。
 

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