安穏なる国家社会の建設に向けて
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↓2.日本中心の超古代の縄文世界文明の歴史は抹殺され改竄されたようだ
投稿者:
不動明王
投稿日:2003年 6月17日(火)01時13分25秒
ところで、多くの人にとっては大変驚かれるかも知れませんが、歴史は何も数万年前に限らず、この1千年前の歴史でも、また数十年前の歴史でも既に大きく改竄されているようです。東京裁判でも、欧米列強の帝国主義が何の咎めもなく、一人日本だけが侵略国家であり、平和や人道に対する罪を着せられて、残虐非道の民族・国民に仕立てられていき、未だに多くの国民にトラウマとなっており、中には国民の中にもそのように外国勢力と組んで誘導し破壊工作を行っている勢力が蔓延しているのは、今や多くの有識者により明らかになっているのは周知の事例でもあります。
ところが、幕末や明治は兎も角、日本の建国の歴史に重大に関わってくる大和王朝の頃にもとんでも無い歴史の改竄が行われたように思います。それは、西暦663年に、倭国と百済、高句麗とが中国唐と新羅の連合軍と戦った白村江の戦い後に、日本に進駐してきた唐占領軍により、更にこれまでの世界に君臨した実績がある日本の歴史が抹消され改竄されて、日本に狭小化されて、新しい建国の歴史として「古事記」「日本書紀」が作成されたということです。古事記の作成に直接に携わったとされる稗田阿礼は暗殺された記録も出ているようです。詳細は某著作から引用して後述します。
さて秦の始皇帝が行った焚書坑儒は歴史的にも有名であり、これによって失われた歴史が一体何であったのか、誰も思い至ることが出来るものは極めて少ないのではないかと懸念するものです。現在のアカデミックな歴史界ではまず不可能であるようです。そして、秦の後に興った漢において、司馬遷が現したとされる始皇帝時代までの歴史を編纂した「史書」の成立の背景を考えてみると実にその実態が解ってくるようです。
既に本にもなっていて、歴史の抹消や改竄を鋭く指摘されている方もおられるのですが、それは当方も既に指摘しているように、日本の縄文人が全世界に散らばって世界を支配していたという事実です。それはカラ族(クル族)であり、中近東から全世界に展開していたようです。ですから、今でもサハラ砂漠にも、また南北両アメリカ大陸から、インドや中国地方にまで縄文文化の土器、神代文字が発見されたりするのです。
そして、秦の始皇帝に係る中国の歴史を現在の中国大陸に閉じ込めた歴史観が確立しておりますが、実に、この時の司馬遷の「史記」からではなかったかと思われます。現在の中国大陸の東方に君臨していた斉を滅亡させて、戦国時代を終焉させて中国大陸を統一したのが秦となっておりますが、その秦こそ西方に君臨していたマケドニアであり、始皇帝こそアレキサンダー大王であり、斉こそ中国全土から日本やベトナムまで支配し覇権を握っていた日本の出雲であった可能性があるようです。
↓1.日本中心の超古代の縄文世界文明の歴史は抹殺され改竄されたようだ
投稿者:
不動明王
投稿日:2003年 6月24日(火)22時34分48秒
確かに、小林さんが第7章掲示板で御指摘するように、歴史の全貌が次第に解明されつつあり、アーリヤ=漢(アヤ)から一歩前進して、アッシリヤ=アーリヤ=漢(アヤ)であるのが真相のようです。当方もHPの主題から大きく脱線するのではないかと思い、敢えて詳細に記載し紹介しておりませんが、日本の縄文文明は何も日本だけに押し留められるものでもなく、実に世界に拡散しており、それが今日、次第に解明されつつあるように、サハラ砂漠や南北アメリカ、インドや中国などで、縄文土器や神代文字が発見されたり、また神代文字との関連性が指摘されたりで、縄文文明、縄文人が天孫降臨伝説と共に、世界を支配し君臨していた事実が浮かび上がってくるようです。
当HPでも指摘するように、人類の登場は約40万年前からの日本の縄文人であろうと思われ、その間に様々な人類の進化の過程があり、人類も空中を飛行出来たり、また様々な超能力乃至魔力を行使し、表面上の石器時代とは裏腹に、精神的には高度の文明を形成していた形跡、痕跡が発見され、それも何も宇宙人や異星人ではなく、人類そのものであった可能性を指摘しております。3万年前の人類の発生とされる類人猿から発生し進展し進化してきたという通説と大きく異なった見解であります。万一、ネアンデルタール人やクロマニョン人と現代人が交尾しても何ら成功しないほど、現在のチンパンジーやサルと同じようなものであったように思います。それぞれ別々に進化していったもので、何もサルからネアンデルタール人が生まれたり、そこから原人類が発生したものでも有り得ないように思います。
既に今から2万6千年前に発生し、1万2千年前に地球的規模の地殻内部の放射性核分裂反応(1908年西シベリア地方で起きたツングース核爆発と同様の原因)により滅亡したムー、アトランテス、レムリア文明が存在し、それと同時期にも縄文文明も共存し、辛うじて破滅を免れて生き残ってきたように思います。目下、沖縄近海や世界中の海底で、英国人グラハム・ハンコック氏により発見され検証されつつある数々の遺跡が次第に失われた歴史を解明していくことでしょう。
ところが、この1万2千年前から新しい時代が再度、表面上は始まるのですが、それでも通説の歴史に登場するのが、精々、5,6千年前からのようです。即ち、紀元前3,4千年前、今から5,6千年前のエジプトやメソポタミア、インダスなどの古代文明の発祥であります。それも漸く、同時期に長江文明が起こり、その後に2千年遅れて黄河文明が起こり、気候変動により南下して長江文明を破壊したようになっております。気候変動による歴史の転換は、正に古代文明の発祥の際にも見られたように思います。恐らく数千毎に発生したと思われる地軸の変動により気候変動をもたらし、人類の移動、遊牧民と畑作民との融合、狩猟・漁猟民と稲作民との融合により古代文明が発生した可能性があります。
さて、問題は、更にその後の世界の歴史であります。ここまで来るのにも、人類創世記以来の神話として語り伝えられてきた日本の天孫降臨の神話が決して荒唐無稽なものではなく、実に、縄文人が人類誕生以来のもので、縄文文明が神代文字と共に世界の中心であり、世界的規模で展開してきた事実でありましょう。その痕跡の多くが日本独自の日本語や習慣、国民性であったりするものですが、失われた神代文字、縄文文明、縄文人が次第に明らかにされつつあることによって、改竄され抹消され、喪失されてきた真の歴史が今漸く浮かび上がろうとしております。
編集済
2.北方由来の鉄器と南方由来の稲作は日本流入の経路や時期が相違
投稿者:
小林佐知子
投稿日:2003年 6月12日(木)00時04分2秒
なお、長江文明は日本古来の縄文文明の狩猟・漁労生活と同じ母系社会で、また同じ森林文化で良く似ているが、根本的に異なるのは、この長江文明、そしてそれから渡来した弥生系は、稲作を通じて、生け贄の儀式をし、畜生死霊魂(ヘビ)を崇拝する邪悪な信仰であったように思われる。なお、長江文明を滅ぼした北方の遊牧・畑作文明は、龍信仰であったようだ。この辺のことは、最近出版された「古代日本のルーツ 長江文明の謎」(青春出版社:安田喜憲)でも紹介されている。
結局、長江文明を担った弥生系が、北方遊牧民に押されて日本に渡来する前に、また日本に鉄器が伝えられる前に、既に長江文明から縄文人に稲作技術が伝えられていたようだ。正に長江文明と同じ鉄器を使用しない稲作だ。即ち、鉄器の日本への流入は稲作と同じ時期ではなく、長江文明より流入してきた稲作が、黄河文明より流入してきた鉄器よりも先行したと言うのが正解だろう。
正に、稲作開始、鉄器使用、弥生文明を同列に扱う現在の学説が既に破綻したと言うことだろう。しかも、今回の調査は鉄器自体ではなく、あくまでも弥生土器であり、それを鉄器と絡めるところに、どうしようもない固定観念、先入観念が支配していると言えよう。長江文明は既に常識かと思ったが、案外、現在の考古学界では、一般的に受け入れられていないようだ。なお、稲作文明を担った長江文明のことは、先の安田氏の御本に詳しい記載がある。この長江文明は、西アジア地方で発生したインダスやメソポタミアなどの古代文明と同じ時期に発生しているものだ。
ところで、鉄器の利用を考えてみると、稲作よりも畑作民が使用する場合が土を掘り返すということで効率性を大きく高めたのではないか、稲作では必ずしも鉄器の使用は必要なかったのではないか、稲作文明と鉄器の関係よりも、むしろ畑作文明との関係が大きく影響したのではないかとおもわれる。また遊牧民にとっても、狩猟や漁労民よりも好戦的で戦闘の機会が多かった故に、鉄器の利用が高かったのではないかと思われる。
今から6千500年前の紀元前3500年ほど前に、北緯35度以北を寒冷化し、以南を感想化砂漠化した気候変動により、民族移動が生じ、その結果、遊牧民が南下してきて畑作民と融合して黄河文明が発生したようだ。稲作民の場合は漁労、狩猟民との融合により長江文明が発生したようだ。そして長江文明の時期は西アジアの古代文明と同時期であるが、黄河文明は遅れて発生したと言うことだ。この文明を発生させた気候変動は、不動明王さんも指摘しておられるが、氷河期などよりも地軸の変動、極移動の可能性が大きいと思われる。ここまで来ると、益々、学界は付いて来れないのではないかと懸念される。
1.北方由来の鉄器と南方由来の稲作は日本流入の経路や時期が相違
投稿者:
小林佐知子
投稿日:2003年 6月12日(木)00時03分7秒
不動明王さんの【弥生土器=稲作開始=鉄器使用の定説が果たして本当か】に関して、少しコメントさせてください。以下、敬語省略。
目下、歴史民族博物館の調査が世間や学会を騒がしている。即ち、弥生文明の時期が約500年間も遡ることによって、日本列島での鉄器使用の時期が、大陸や朝鮮半島での鉄器使用の時期よりも早くなって大きな矛盾が生じてきて、学会では一大論争にまで発展しているものだ。今回の調査はあくまでも弥生土器に付いたススから判明したもので、鉄器自体を検証したものではない。この辺が普通一般の方は混同し混乱しているようだ。
不動明王さんが指摘するように、専門家でも、弥生土器と鉄器使用と稲作開始を同列に論じているために、弥生土器が500年間も遡るならば、鉄器の使用も500年間遡るであろうと言う頑固な固定観念に固まった前提だ。稲作と鉄器の発生は異なる地域で異なる時期に発生したものであろうが、この認識・判断を誤っているから、今回の問題も解決できないのではと思われる。
ところで、鉄器は今から4千年前の紀元前2000年頃の黄河高原の黄河文明の遊牧・畑作地帯で発祥したものであり、これが朝鮮半島を通じて、或いは中国大陸から直接に日本に伝えられた経路は間違いないように思われる。この黄河文明は、鉄器を発明し利用することによって森林を切り開いていき、武器を開発して戦争に明け暮れて、次第に南下して紀元前2千年頃に揚子江付近の長江文明を滅亡させ、そこにいた民族を雲南地方の山岳や台湾に追いやったようだ。この追いやられた長江文明の一派は日本にも流入してきたように思われる。それが弥生系渡来人であったように思われる。
また稲作は今から6千年前の紀元前4千年前、黄河文明よりも2千年も前に中国南部で発生した先述の長江文明において、既に開始されていたようだ。その頃には鉄器を使用しない稲作を実施していたようだ。この長江文明は稲作と漁労・狩猟とが融合したものと言えよう。それが日本の縄文時代にも流入されているようだ。それでも複雑な稲作は縄文時代には大して普及しなかったようだ。何故なら縄文時代は、複雑な労働を要する稲作を必要としないほど、食べ物が豊富にあり満ち足りていたからだ。
詐欺・脅迫・恐喝メールやHPには返信せずに警察に転送すべし
投稿者:
不動明王
投稿日:2003年 6月 6日(金)22時58分5秒
当方にも下記のようないかがわしいメールが頻繁に来ております。
これは以下のところに転送すれば適当に対処してくれるでしょう。先日も新聞にこうした闇のグループが摘発されたようです。なお、気を付けないのは返信しないことでしょう。返信すれば、逆に探知されてしまい逆効果と成ります。あくまでも、身近な警察のメールアドレスに転送することです。
http://www.npa.go.jp/hightech/soudan/hitech-sodan.htm
件名 ◆重要【勧告】
◆ご入金のお願い
貴殿が利用した、インターネット・コンテンツ利用料が未だに確認できません。
現在までに何度かお願いの連絡をしましたが、入金の確認が取れません。
これ以上入金をお待ちする訳にはいきませんので、6/5(金)午後2時までにお支払い下さい。
尚、上記期限までに入金がない場合、断固たる態度で臨む所存です。
メールアドレス(フリーメール含む)から、プロバイダ・ISP業者に情報開示を依頼し、貴殿がお使いのプロバイダを突き止め、住所、氏名、勤務先等を開示してもらいます。
その上で、改めてご自宅・お勤め先に料金回収に直接弊社提携会社の担当者が行くことになりますので、宜しくお願い致します。
その際には利用代金・延滞利息・督促費用、さらに回収に行った場合には交通費・宿泊費を追加請求させていただきます。
また、最悪裁判・強制執行による差押さえ(給与差押え等)を含めた、あらゆる回収手段を講じます。
このような事態にならぬよう、くれぐれも期限までに入金して頂きたく、お願い申し上げます。
尚、これは最終的な督促であり、また、個々のお客様に対応する事は物理的に不可能であるため、メール・お電話でのお問い合わせは受け付けておりません。
下記要領にてお支払い頂ければ、迅速に延滞リストから削除しますので、重ねてご入金お願い致します。
【振込先】三井住友銀行 東京中央支店
普通口座 3455895
【入金額】 ¥2万9500円
(利用料¥10000円+延滞料金19000円+手数料500円)
【入金期限】 平成15年6月5日(金) 午後2時までに電信扱いでお願いします。
---------------------------------------------
境田興業・請求部 担当:田中
編集済
再告:ブラインド勧誘に注意!
投稿者:
スカル&ボンレスハム
投稿日:2003年 6月 5日(木)06時41分2秒
> うっそ〜、得しちゃった♪
ここにも、自分が嵌った穴に他人も引きずり込み、それを踏み台にして這い上がろうともがく者が出没し始めた。
罪な重ねそ。
このマルチ商法の思想の淵源はどこに訊ねればよいのだらう?
イエスの時代にはすでに蔓延していたのだらうか?
え、ひょっとして??
投稿者:
ラッシー
投稿日:2003年 6月 4日(水)21時53分46秒
うっそ〜、得しちゃった♪
http://chance.gaiax.com/home/dechen
http://chance.gaiax.com/home/dechen
ブラインド勧誘に注意!
投稿者:
スカル&ボンレスハム
投稿日:2003年 5月29日(木)07時28分11秒
これらのグループの共通した手法は、在宅ワーク、在宅ビジネス、SOHOなどを中心とした求人募集を装って、マルチ商法=ネットワークビジネスの販売員になることを勧誘します。多くの場合、アンケートに答えさせたり、資料請求をさせることによって、氏名、住所、電話番号を記入させ、その後SOHOショー、SOHO説明会、ビジネス説明会などと称する、ハーバライフのセミナー(HOM)に参加を促されます。そこでは、ハーバライフでこんなに儲かった、製品はこんなに素晴らしいから一度使った人は繰り返して使ってくれる、という良い体験ばかりがショーアップされ、いかにも誰にでも簡単に儲けることが出来ると錯覚をしてしまう可能性があります。ビジネスをやってみようという気になった人は、多くの場合、製品の大量購入を勧められ、70万円もしくは18万円前後のローンを組んでから、ビジネスをスタートするように勧められます。
さて、そのビジネスの内容とは、あなたが勧誘を受けたのと同じようなホームページ(会社の許可を得ていないルール違反の)を有料で(無料の場合もある)持たされ、掲示板やチラシなどを使ってそのホームページに人々を誘導し、アンケートに答えさせたり、資料を請求させたりして得た個人情報を使って、今度はセミナーに参加することを勧め、ビジネスをやる気になった人に対して、製品の大量購入を勧めるというものです。つまり、あなたが勧誘を受けたのとまったく同じ事を繰り返すのが仕事内容なのです。そして、製品を大量購入してくれた時に、その一部があなたの報酬としてハーバライフ社から支払われるという仕組みです。いくら人を探してきても、その人が製品を購入してくれなければ、1円の収入も得られません。
http://homepage2.nifty.com/insight/baddis/blind01.htm
announcement
投稿者:
yoko
投稿日:2003年 5月29日(木)02時27分25秒
カリフォルニアから不況の波を押し寄せる様なお知らせです。
空き時間、インターネットを利用して自宅からビジネスをしたい方を探しています。家事、育児、本業と両立してなにか始めたい方はHPを見てくださいね。
http://www.jywing637sky.com
某評論家の指摘する某HPを紹介する。
投稿者:
不動明王
投稿日:2003年 6月14日(土)00時04分52秒
当スタッフの一人の知人が某筋を通して受け取った情報によると、某評論家は、「アメリカの徳政令を話題にする、BBS「鳩ホール」で紹介されている。以下のHPは、少し神がかっているが、一見の価値がある。2012年まで、世界が一体どのように動くのかを紹介している。世界の権力者が、どうも同じ秘密を共有していて(ブッシュの牧場に招かれて)、一致して動いているように感じられて仕方がない。この中に出てくる、某氏は、最近「鳩ホール」BBSにも登場したが、基本的には、破壊の面だけをキャッチしているものだ。代替案を出せるところまでは、周波数がないようだ。」と言っているようだ。
なお、釈尊に関する記述は的外れであり、全く見当違いだし、如来や悟覚者という方を全く理解できていないようだ。その他の記述も可成り怪しい限りだが、地球規模の大変動に関して多少参考になるだけだ。この地球規模の大異変も、最近はフォトンベルトの理論が出回って、2012年地球滅亡が喧伝されているが、ルシファー消滅、真正な光輝ある波動想念の浸透、救世主の登場などと相俟って、地球規模で空気や流れ、波動が大きく転換しつつあるのも確かであり、予想される破局は回避されるであろうと確信するものだ。恐らく、ノストラダムスやY2Kのような肩透かしを食らっていくだろう。それを経て始めて救世主の存在、登場に思い至るものであろうと思われる。
http://page.freett.com/fujihare/index3.html
編集済
不動明王殿
投稿者:
彦星
投稿日:2003年 5月27日(火)00時46分23秒
救世主とは 天然自然の摂理に 己から 進んで
添い遂げていく処に 奇跡は ある。。。
この 自然の摂理から 人間は 生かされているのである。
人間が 生活する為に 空気を 借りている。
その 空気こそが 奇跡である事になる。
人間は 空気が無ければ 生きてはいけない。
天の理と地の理の ふたつひとつの 環境は けして絶える事なく
新しい物を 産み続けて行くであろう。
それが 奇跡だと 考えられませんかな。
人間の情報に 左右される事なく 自然の力は 驚異的であり 神秘的である。
人間の化学で この日本の四季折々の 環境は絶対作れない。
皆、人間は この四季の中に 懐住まいである。
そこに 感謝する行為が 最も大切な 環境を新しく 産み出せれる。
天然自然の摂理を 己の中に しっかりと心に修めて行く事が 出来るのであれば
奇跡の道すがらを 辿る事が 出来るはず。。。
人間の原点とは、天然自然の摂理のままに 動かせられているのである。
生も死も 同じ働きである。
自然に添い遂げるとは 実に難しく 行く手を拒む 自然界の法則もある。
日本は 自然と調和する 目的が少なくなりすぎただけの事。
昔は よく 言われたが 果物屋に 置かれている 「柿」を掴めば
故郷を 思い出す。
遠く離れた 故郷にある 柿の木にぶら下がる 柿を 故郷に転換する
情緒溢れる 想いが 人間には あったのであるが、 今時の人間は
それすら 思い出す事すら 出来なくなっている。
それくらい 天然自然の摂理から 遠ざかっている。
己の純粋になれる 源をしっかりと 取り戻す事が 奇跡を産むであろう。
奇跡を信じるならば 天の理を 心に修める事が 大事である。。。
下手な力や暴力なぞは けして いらない。。。
己の為には けして ならない。
この世は すべて 「理」で 動かせられるという事を 忘れてはならない。
それを 己の中で 調和する事で 全ての環境は 変わる。。。
不動明王殿
投稿者:
伊邪那岐命
投稿日:2003年 5月27日(火)00時44分58秒
聖徳太子の 未然・未来記はご存知かな。
空海の 真言密教 大日如来の曼荼羅
安倍晴明の 陰陽道の秘法
これらの 神技は 何を守ろうとしたか。
答えは いずれ 世の中に 反映されていくであろう。
今、私の周りには 空海・晴明・太子が 完全に側にいる。
ある事を 遂行するが為に・・・
人間の目では 絶対見ることが出来ない 巻物が こちらにある。
それを 完全に読む為には 己の誠と純粋な御魂の水の心が必要である。
己の中に汚れがあれば それは 只の宝の持ち腐れになるであろう。
今年の神事を 成功する為に この壁を越えなければならない。
今年の五月以降〜年末に至り 時間の流れが 急激に加速するであろう。
成功すれば 丸くおさまり 失敗すれば 元のもくあみに 戻る。
一つの賭けが 今年は生じるのである。
こんな 博打は 初めてでもあって 史上最強の神事になるであろう。
それを 乗り越える為に 色々な使いの者達が あっちこっちから 降りてくる。
それを 大難を少難に 少難を無難に・・・
無難に 通れる為には 己の水の理が 必ず必要とされる。
私の役目は 勤め人数を 集める事。
人間一人一人 役目がある。
剣も振るし 弓矢も使うし
色々な 神技を 持ち合わせる。
いずれ 役立つ為にそれを 使用できるのである。
今は、晴明の 秘法を 学んでいる。
晴明は 「俺を超えてみろ」とまで 私に言ってくる。
突然現れて 突然話をかけて来て お互いに ぶつかり合って
話をして 納得して 行動を 取っている。
昔の言葉を 使うので 理解には 苦しむのは 言うまでもないが。
陰陽道を 過去で学んでいたが こちらも忙しいので
過去に すっかりと 忘れてしまっていたのである。
少しばかり 健忘症かな。
そんな 感じかな。。。
今は 晴明と 一緒に 秘法を学んでいる。
人生は 修行・修行・修行かな。。。。。。。
多民族国家だが、単一の伝統・文化を継承し発展してきた
投稿者:
不動明王
投稿日:2003年 6月 7日(土)22時55分56秒
ここで重要なことを整理しておくことが必要だ。多くの専門家ですら、日本が単一民族の国家であり、多民族国家であると言うことを認めたがらないようだ。様々な陰謀論に詳しい者でも、単一民族論者だ。そもそも複雑な言語や顔形、風習などを見ても、世界中から流入してきた形跡があることは明らかだ。純粋で純潔な民族性、日本固有の文化や伝統を強調する余り、日本民族の単種、単一、純血の民族性でありたい思いが強いことは理解できるが、最早、そのような認識では無理があるようだ。
そもそも単一民族説は明治になって以来、富国強兵政策の延長で、国民意識の鼓舞から生まれてきたものだ。現に幕末までは、我が国四百余州はと言われるように、多民族国家であることは常識であった。国内で限度が通じないことが多々あった。薩摩と長州でも言葉が通じなかったことが語り伝えられている。これをもってしても、一体どうして単一民族であろうか。
世界中から多様な民族が流入してきたものの、不思議と中国大陸や欧州でも見られたような、民族同士の殺し合いや難民発生、王権転覆から追放などの革命的事件は見られず、不思議と同化し中和してきたと言うことだ。その結果、天孫降臨伝説から天皇制、縄文精神や文化などは破壊し解体されずに、延々と継承されてきたようだ。縄文的文化とは自然崇拝や木造建築などだ。例え、弥生文化が到来しても、多少の殺傷や逃亡、対立、隔離などはあったかも知れないが、大陸で見られるような完全な民族抹消、難民発生、追放事件にまでは発展しなかったと言えよう。
天皇制にしても日本古来の神道文化を密接な関係を有しており、恐らく、人類の進化の過程で、輪廻転生から霊的進化を遂げる形で、天孫降臨してきた事実が神話として残存し、これが語り伝えられて古事記や日本書紀となり、神話や神道文化、天皇制として継承されてきたものであろう。即ち、世界中から他民族が流入してきたとは言え、先住民の制度や文化を破壊し追放することは出来なかったと思われる。むしろ同化し中和し溶け込んできたものと思われる。それでなければ、堂々と出身母体を名乗っているはずであろう。恰も純粋な日本人のような振る舞いをしないであろうと思われる。
勿論、天皇制も万世一系であると言うつもりはない。恐らく、様々な豪族達の権力争いもあったように思われる。しかしながら、霊的には万世一系として継承されてきたように思われる。吾々は天皇制に関しては、その血統もさることながら、制度としての継続性を重視するものである。途中で男子に恵まれずに、養子などで血統が中断すれども大して影響を及ぼさないと言う考えだ。
アメリカ国民が普段は議論し対立していても、いざ国家危急存亡となれば一つに纏まるのに対して、我が日本は普段は和を尊ぶと言いながら、いざとなれば国民はバラバラになるのも、こうした多民族国家である真実を覆い隠していることに原因があろう。むしろ多民族国家であるという事実を明確にしていった方が、国民意識も一つに纏まって、一致団結、一蓮托生の運命共同体意識が醸成されていくものと思われる。
編集済
↓.弥生土器=稲作開始=鉄器使用の定説が果たして本当か
投稿者:
不動明王
投稿日:2003年 5月21日(水)01時18分35秒
国立歴史民族博物館が19日、九州北部の弥生時代の遺跡から出土した土器の付着物を、炭素の放射性同位元素で調べる炭素14年代測定法で分析した結果、従来は縄文時代とされた紀元前800−900年頃のものと分かったと発表したようです。それにより、「水田稲作が始まる弥生時代は前五世紀という定説より、五百年もさかのぼる前十世紀ごろになる可能性がある」とするものです。
研究に参加した某教授によると、「弥生早期の開始時期は中国では周(王朝)が始まるころ、弥生前期は春秋時代が始まるころとなる」と指摘しているようです。これまでは春秋戦国に続く戦国時代の中国で戦乱を逃れた人たちの一部が朝鮮半島を通って日本列島に渡り、稲作を伝えたとの考えが有力だったが、渡来人の背景などの再検討を求めたようです。
また、水田稲作開始から、王権が誕生して国としての形が整えられていく古墳時代(三世紀後半)までの間が短く「発展が早過ぎる」との問題が提議されていたが、弥生時代が長くなれば説明がつくことになるようです。なお、狩猟経済が中心だった縄文に続く弥生には、時代を象徴する三つのキーワード、即ち、1.水田稲作開始、2.金属器の使用、3.弥生土器があるようです。
従来の学説では、弥生時代になって水田稲作が急速に普及して人口が急増し、それによって貧富の格差を生み、階級社会が形成されたとされる。ところが、今回の発表では弥生時代の期間が長くなったことから、水田稲作が広まった弥生前期の幅を従来の150−200年間から約400年間と倍以上に規定しているものです。これなら変化のカーブは急ではなくなるとの指摘もあります。
調査結果によってこれまでの疑問点が解消される一方、問題点も浮上するようです。金属器の問題であるようです。発見された鉄製のおのは弥生早期とされておりますが、弥生早期は中国では西周時代にあたるようです。中国で西周時代とされる鉄器が確認されているが、周代にはまだ十分な鉄の技術が確立されていなかったとの説もあるようです。某専門家も「弥生早期の鉄が中国の鉄器の時代よりも古くなってしまうことがあり得る。それをどうするのか」と疑問を呈しているようです。
実に、弥生時代は稲作、鉄だけでなく、渡来人の問題を含め、東アジア全体の歴史の流れが解釈に大きな影響を及ぼし、今後は調査に対する検証だけでなく、学際的な研究が必要になるだろうという指摘もされております。
当方も、鉄器を使用しない稲作も可能ではなかったのか、また縄文の狩猟経済と弥生の稲作文明が明確に分離できるのかとの疑問を抱いているものです。現在では、縄文でも稲作があったという検証も成されており、必ずしも縄文が後進的な狩猟経済でもなかったことを考えると、6千年前の中国長江文明を担った連中が渡来して、稲作を伝えた可能性もあり、必ずしも弥生=稲作=鉄器とは限らないのではないかと思っております。
本日の共同通信の
投稿者:
ティアマット
投稿日:2003年 5月19日(月)18時09分26秒
ニュースです。 ご参考までに。 (^▽^)
「弥生」見直しへ、稲作伝来の定説500年早まる?
国立歴史民俗博物館(千葉県佐倉市)は19日、加速器による放射性炭素(C14)年
代測定法で北部九州出土の土器を調べた結果、水田稲作が伝来した実年代は定説より
約500年早まり、紀元前10世紀ごろと分かったと発表した。
これまでは弥生時代に水田稲作が急速に広まり社会が階級化、やがて大和政権が生
まれたとされてきた。しかし今回の調査結果で、稲作が日本各地に広がったとされる
弥生前期は、150年間でなく、400年間となる。
弥生時代のイメージは大きく変化。定説の修正を余儀なくされ、教科書の書き換え
も迫られそうだ。
測定資料は、福岡市の雀居遺跡(弥生早期)など数カ所から出土した土器。中にこ
びりついたコメを測定し、いずれも紀元前900年前後と判明した。同時期とされてき
た東北地方や韓国の土器のコメの測定結果も似た年代だった。
水田稲作の伝来は、この土器が使われた時代より少し前とみられ、同博物館は稲作
が伝来し弥生早期が始まった実年代を紀元前十世紀と判定。前期の始まりを定説より
500年、稲作定着の中期の始まりも200年さかのぼると結論した。後期以降は変わらな
いという。〔共同〕
↓2.日本は世界中から流れ着いた多民族国家で、同じ日本丸の運命共同体である
投稿者:
不動明王
投稿日:2003年 5月20日(火)01時23分40秒
なお、中国や朝鮮の民族は黄色系でアジア人となっておりますが、遺伝子的にはハム系で白色系を同じであり、日本人の大多数のセム系の海洋系、南方系とは民族気質が全く異なるようです。彼等はむしろ欧米人と同様な気質を有していると言っても良いでしょう。食生活を見ても肉を食べるとか魚を食べるとかでも理解できるでしょう。なお、中国6千年前の長江文明を構築したものが現在の日本人であり、4千年前の黄河文明を形成したのが現在の中国人であるようです。日本の源氏などは大陸系とは言うものの、インドの武士階級が出身であり、かつての新羅にもその系統が見られ、どうも南方系で来たのが朝鮮半島から大陸内部までいった結果ではないかと思われます。これは中国南部の河南地方や朝鮮南部の百済などでも同じようです。
ところで、七福神も船でやって来ているもので、頭が長い者や丸い者、太った者や痩せた者など実に様々な者がおり、恰も世界中の民族がやってきたという象徴でもありますが、当方はそこには、HPでは紹介してはおりませんが、実に生命の神を見る想いです。それぞれが全宇宙の生命倫理を司る神々を現しているものと思っております。例えば、「七難即滅と七福即生之運行」として、一、恵比寿は誠実にして律儀なる商売繁昌の神、一、大黒天は富裕と勤勉の神、一、毘沙門天はここ一番の時に厳然とした態度に勇気を与える神、一、弁財天は知識才能の神、一、福老寿は徳を積み延命安泰の神、一、寿老人は長寿と健康の神、一、布袋は広き心、寛大な心が和をもたらす平和の神と、人の日常生活を支配する神々を象徴しているものと思っております。ここは一般の通説と大きく異なります。
なお、スメラとはシュメールであり、西洋文明の基礎を作った古代メソポタミアのシュメール文明を担ったシュメール人が何処に消えたかが大きく歴史の謎となっておりますが、当方は、シュメールは海洋民族で、日本に流入し縄文人と合流していったのではないかと思っております。ユダヤ民族が継承したという説もありますが、ユダヤ一神教とシュメールの多神教とは相容れません。むしろ、日本の八百万の神に見られる多神教文化との一致が自然でしょう。なお、スメルなどの地名は今でも中近東に残っているようです。
古代イスラエル民族が日本に流入してきたと言っても、中には管理抑圧支配の思想の弥生系に混血している者も多く、現に中国の華僑、ハッカなどもユダヤ系ではありますが、悪しき中華思想に染まってしまい、その崇高さなどは徹底した易性革命や内乱化などにより今や何処にも見られません。また現在の欧米の両ユダヤ民族も、紀元前5百年ほど前のバビロン捕囚以来の悪しきタルムード思想に染まっており、西洋文明をリードしてきたものが、ここに来て資本主義体制の破綻・行き詰まりと共に一挙に崩壊する寸前であります。ですから、そうした資本主義の崩壊、矛盾を一挙に解消するべく、北朝鮮有事を利用して日本や朝鮮半島を一挙に戦場化して打開を図る策謀・謀略に出てきたとも言えるでしょう。
当方には、歴史はある程度は正確に解明していくことは、正しい未来の建設に向けて是非とも必要ではあろうと思っております。現在の日本民族は、狭い国内で山野を隔てて複雑な方言や風習が氾濫する多民族国家であるのに、単一民族であると教えられているが故に、いざとなればバラバラになっていくもので、逆に多民族国家であるという真実を教えられれば、国民が一致団結して行きやすいと思っております。それでも、一旦、真実を解明した暁には、歴史の過去は所詮は回復できない過去であり、過去は忘れ振り切り投げ捨て去ることによって、将来に向けて大きく飛躍、飛翔していけるものと思っております。ここにこそ、日本に流れ着いたもの同士、国家社会のために生死を共にする一蓮托生の運命共同体の意識を持って一致団結していく必要性があると言えるでしょう。
当方が目指す数千年来の歴史の総決算が、いよいよ、歴史的大激動を伴って展開されようとしております。惜しむらくは殆どに日本人に、その気概や危機感が全く喪失していることでしょう。その戦後の自虐的な深い眠りから目を覚ます発端となるのが、「太平の眠りを覚ます拉致事件、たった五人でノドのトゲも取れず」となって、国民の愛国的関心が大きなうねりとなって、意識変革を根底から変える一大危機が急迫してきたと言えるでしょう。今後展開される国内の左右両極端の諸勢力の一網打尽、一掃、排斥なども、こうした歴史的大掃除の大事件を経由しないでは最早不可能になってきたと言うことでしょう。
編集済
↓1.日本は世界中から流れ着いた多民族国家で、今や同じ日本丸の運命共同体である
投稿者:
不動明王
投稿日:2003年 5月15日(木)21時50分7秒
当方も古代史関係の本は沢山持っておりますが、残念ながら殆ど時間がなく詳しく読んでおりせん。晩年にでもゆっくり研究してみるつもりです。一応、知ったか振りの知識でお答えします。
日本は世界中、特に歴史の中心である大激動の中近東から流れ着いた民族の最終・終着の地であったようです。事実、中近東から難破船に乗れば、何も動力無しでも、海流や偏西風で2カ月ほどで日本に到達するようです。もっとも行き過ぎればハワイやアメリカにまで行ってしまいます。それでも、一旦日本に到達した以上は、流れの激しい黒潮を乗り切って外洋に出ることは余程の航海術を持ってしなければ不可能であったようです。それ故に、日本では外洋に逃亡することは不可能でもあったわけで、山野に逃れるほか無く、中央政権により隔離され支配され管理されて来やすかったと言えるでしょう。
なお、日本が世界中からやって来た証拠は沢山あります。幾つか本にもなっておりますので、それを御覧になれば納得したり出来るでしょう。例えば、鹿児島の「志布志」も中近東の紅海の湾口のアデン近くの「ジブチ」に由来し、鹿児島の薩摩隼人の隼人はボルネオの豪族でハイヤット族に由来するようです。現在のホテルのハイヤットホテルも米国系となっておりますが、実態はこのボルネオ縁のハイヤット資本であるようです。日本の他の多くの地名も東南アジアやインド、中近東にもあるようです。
また一説には平氏の平とは、ペルシア(平)から来たとか言っている方もいるようです。因みに藤原の藤は唐中国で、橘は唐を滅ぼした契丹系の契で、源氏の源は元だとか(時代は逆だが)、何処まで真実か検証できません。ところで、日本にある巨大な古墳文化や巨石建造物などを見るとそれらは大陸由来かも知れませんが、仮に表面的には大陸系文化が支配し混在していても、主流の根底は海洋文化に染まって、概して海洋民族の習慣や気質が強く形成されてきたと言えるでしょう。魚を生で食べる習慣など世界中何処を捜してもありません。辛うじてボルネオの原住民にあるようです。
頭に鉢巻きを巻く習慣も、南方系特有であり、インドからエジプトにまで遡るようです。また、現在北にいるアイヌが南方系であるというのも、彼等が着る着物に大きくヒントがあるようです。ズボンなら馬にも乗れますが、着物では裾から言っても馬にも乗れず、自ずと大陸系ではないように思われます。また、日本には群馬県などと呼称されるように、大陸から牧畜が伝わった可能性がありますが、農耕馬であり、本格的な交通手段、輸送手段として馬車が発達したこともありません。管理支配しやすいようにと政策的なものもありますが、矢張り、山野や渓谷が多い地形故に、大量輸送手段の馬車も発達しなかったものでしょう。
現在、日本にはワニなどいないのに、因幡の白ウサギ伝説でも知られるように、ワニが登場してくる説話、神話があります。またライオンもいないのに獅子舞があったりします。これらは今でこそ、情報革命で世界中から様々な情報が伝わって来ますが、昔は何も物語や情報だけが人つてに伝わったのではなく、彼の地の南方やアフリカ、エジプト当たりから人と共に情報がもたらされたと言うことでしょう。なお、ご指摘の「金が産出されないのに金の加工技術をもってる古代スメラの英知」とありますが、金の産地と加工地が異なったり、また人や技術、情報の移動に伴う結果でしょう。要は、日本の歴史がその前の移住元の地の歴史であった可能性も多いようです。中近東が中央アジア、中央アジアが中国や朝鮮、そして中国や朝鮮が日本と言うように、民族が移動する度に、歴史も移転しすり替えられていったようです。
ところで、神社の境内の狛犬や日本の幾つかの新羅神社などにも、朝鮮文化の影響も見られるようです。因みに、奈良なども朝鮮語で村落を現しているようです。また「ウロチョロするな」とは朝鮮語の「ウーロンチョ、オーロンチョ:右左」が訛ったようで、「ハナから始め」「ショッパナ」のハナとは、朝鮮語で「一番、始め」の意味だそうです。北陸などの古墳にも多くが朝鮮の風俗が発見されているようです。もっとも、そこに朝鮮の文化の先進性で、日本に教えてやったのだという思い上がった独善性があるようです。反日で凝り固まっている背景には、こうした歴史の背景や儒教思想が影響しているようです。
(無題)
投稿者:
ティアマット
投稿日:2003年 5月14日(水)23時37分3秒
平氏の赤、厳島神社も赤ですね。
八坂神社なども赤で、スサノオウを祭ってるようですが、
ヤーサカ、スサ、ギオンとくれば、中東(イスラエルも含む)
と関係あるみたいで、大陸ってより海洋って感じですね。
古代イスラエルの血が日本に混じって10又は12氏族が
日本に来てるのは納得してるんですが、
金が産出されないのに金の加工技術をもってる古代スメラの英知なども
どこからかもたらされたもので、それが新疆ウイグル地区からで、
そこから7つに別れて四方八方に移動して行ったひとつがスメラで混血し
文明が花ひらいたって仮説を読んだことあります。
その7つのの流れが世界各地で七福神みたいな形で伝承されてると。。
もちろんインドや中国、日本にも来てたでしょうが。
ここらへんの事、もし御知りであればお聞かせ願いたいのですが。。
いつも尋ねるばかりで申し訳ありません。
もし、そんなことが本当にあったのなら日本に流れ着いた
イスラエルの支族も長い年月の後、再び合体したのかなあなんて。。
もっと遡ると、失われた大陸とかにいくんでしょうけど、
きりがないんですよね。。そこまで行くと。。(笑)
↓.源平の気質が国民性を二分して来た
投稿者:
不動明王
投稿日:2003年 9月28日(日)09時35分9秒
日本には朝鮮や中国からの弥生系が渡来する前には、縄文系と古代イスラエル系がおり、戦国武将の中でも、同士討ちを回避するために、民族出身が解りやすいように、源氏系は白、平氏系は赤、中国系は黒などと旗などの色で識別していたようです。この源平は一体何時の頃から日本に渡来したのか定かではありません。
一説には源氏は馬を操ったが故に、騎馬民族系だったかどうかは解りませんが、大陸系で、また平氏は船を操ったが故に南方海洋民族系だと言われておりますが、案外真実でしょう。平安末期から荘園警護の武士階級として登場するものですが、そのルーツはもっと前からであろうかと思われます。その源平もその区別は一旦消滅したかに見えますが、日本の歴史の中に埋没しながらも、延々と継続しているようです。因みに北条や足利氏は平家、織田信長は源氏、徳川も源氏であろうかと思われます。
そして、庶民の中にも秘かに継承されていったようです。江戸時代においても、同じ人足でも、源氏系統は陸で仕事をし、白褌の駕籠かき、平氏系統は川人足として赤褌、このように縄張りが決まっていたようです。これも大陸系と海洋系の違いが関係していたのかも知れません。また、明治になっても、全てではありませんが、陸軍は源氏系、海軍は平氏系が主流であったようです。兒玉源太郎や東郷平八郎などは源氏系であり、山本五十六などは平氏系であったように思われます。世界的にも稀に見る陸軍と海軍の軍隊同士の仲違いもここに原因や背景があるようです。
これは日本経済、企業などにも大きく影響を及ぼしております。概して源氏系は建設会社に、平氏系は造船会社に行き、活躍していったように思われます。同じ企業でも建設業界と造船業界では全く気風が異なるのも不思議ですね。建設業界は天下り官僚を受け入れて、政府に負んぶに抱っこですが、造船業界は天下り官僚を受け入れず、独立独歩の気風が強く、世界に冠たる国際競争力を形成してきましたが、建設系は、優秀な技術力はあっても、価格などでは国際競争力などありません。
勿論、それだけではなく、建設業界を支配している建築基準法(ロー)と、造船業界を支配している単なる規則(ルール)とでは、官僚支配を許したり、技術革新に対応できにくい体質であったりしますが、即ち、法律では悪法でも遵守しなければ成らず、臨機応変に技術革新に対応出来にくく、規則では必ずしも遵守しなくてもよく、罰則も余り無く、臨機応変に対応出来てきた経緯も関係しているでしょう。
なお、明治になって職業選択の自由、居住地移動の自由、結婚の自由が与えられましたが、源氏系と平氏系とは、400年ほど前から結婚の自由が解禁されていたようです。同じ日本人同士、特に本人同士が気があって結婚しても、親戚付き合いを始めていくと家風や気質が異なってぶつかり、離婚に行くのもこうした民族気質が大きく異なるように思われます。因みに、薩摩と長州でも言葉が通じなく通訳を介したと言われております。薩摩と長州では民族の系統が異なります。幕末までは、我が国4百余州は等と言われており、世界中から流れ着いた多民族国家であることが常識でありました。明治政府が、国民精神を鼓舞するために、同一民族説をでっち上げていったようです。
なお、明治になって政府が国民の出身民族が解るように、名字を付けていったようです。因みに江戸時代を通じて名字があったのは15%ほどもいなかったのではないでしょうか。国定村の忠治、宮本村の武蔵、清水の次郎長などと呼んでいたことでも解るでしょう。なお、源氏系は、名字の上の字が、織田、徳川、小林、小野などとオコソトノホモヨロで始まり、平氏系は、足利、高橋、赤井などとアカサタナハマヤワラで始まります。因みに、中国系はウクスツヌフムユルで始まり、中国系に仕えた朝鮮や契丹系などは、イキシチニヒミリなどのようです。そして賤民系は、エケセテネヘメレなどであるようです。某作家の説で何処まで真実か解りませんが、案外事実であるような気が致します。
編集済
事実だったみたいですね
投稿者:
ティアマット
投稿日:2003年 5月11日(日)23時27分59秒
魔女狩にしても、奴隷売買にしても、
いつから人は他人を不幸にしてまで自分が富を得たいとか
思うようになったのかな!?なんて思ってしまいます。
ネアンデルタールが人間の祖先かどうかは知らないですが
そのレベルのときはあったでしょうが、
その時も今のような事をしてたのかどうかとか考えてしまいます。
個人的には自然の中で自然に翻弄されて生きているレベルから
獲物に対して自分がマジナイとか言葉のようなもので影響を与えれると
思うようになったときくらいから、発展が加速したんでしょうね。
発展の加速と、悪業の加速もおなじ歩みだったんでしょうが、
欲が発展の原動力だとしたら、そこらへんの折り合い難しい問題ですね。。(;^_^
鳥が卵からかえるとすぐ、かえってない他の卵を巣から蹴落とす場面を
テレビで年に一回くらい見ますが、先の欲と発展の問題が頭に浮かんで
複雑な気分になります。
地球も太陽も長いスパンで考えればいつか無くなるわけで、
いつかは高度なテクノロジーを得なければならない。。
発展を目指すのはこの世に生を受けた物の宿命と言えるかもしれません。
でも自分が生きてる範囲においては関係ないんですけどね。
プレアデスやオリオンや北斗由来の魂、精神、虚質。。。
なんて呼べばいいのか知らないですが、
その次元での発展と、この世の人間性とテクノロジーと人間の脳の発展の折り合いの問題も。。。
なんかややこしいですね。。(;^_^
なんかとりとめもないことを、思うがままに書いちゃいました。。(笑)
それから義経の話し、源氏の先祖は騎馬民族だったとどこかで聞いたか読んだか
したような。。。
だとしたら、あり得ますね。。。
詳しい硝石の話し、ありがとうございました。 <(_ _)>
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