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古事記で言う高天原も「宙天」そのものを指すのか、輪廻転生界の最高位を指すのか定かではありませんが、何れにしても、従来の解釈を越えて新たな認識をして、ご指摘のような再定義で良いのではないかと思います。要するに、何も古事記の通説に囚われることなく、当方が今後世間に訴えていく開示・解示に沿って、新しい解釈や定義や認識で行けば結構でしょう。
古事記を書いた者も自分自身の体験に基づいて正確に把握していたものでもなく、伝承されてきたことを後世において纏めていったものでしょう。巷間の噂では、本居宣長の古事記本は、勝手な解釈の下に数百カ所も改竄されているようですから、真理に沿って新たに再改訂し再認識し再定義して行けば良いものでしょう。
また「真の神仏」は実質は他の神々と同様にエネルギー粒子(霊体)ではありますが、「真の神仏」は、万物の創造主であり、総体エネルギー粒子の産出、創造、湧出に大いに預かっておられる存在と言えるでしょう。その大宇宙の最果て・最高位・再極致の領域は何者も侵しがたい神聖で清浄な空域であり、その入門や開扉は邪悪な想念には固く閉ざされているように思います。如来と成られ仏身に顛化された方にのみ輪廻転生を離脱して開扉されるものであろうと思われる、実に「輪廻転生界を超越した超絶無限の妙理の世界」であろうと思われます。
ところで、人間と対話し命令したり姿形を見せたりする神仏も、一種のエネルギー粒体の霊体であり、輪廻転生界に徘徊する魔の神仏と思われ、古来、世界の殆どの神々は、古代エジプトなどに見られる様々な彫刻に作成され絵画に描かれたトカゲや牛、ヘビ、鳥、イヌ、オオカミなどでも解るように、実体は畜生死霊魂であるように思います。こうした魔の神仏を生け贄の儀式などで崇拝してきた宗教が殆どで、今なお欧米の闇の秘密結社では、真剣に殺人や生け贄の悪魔崇拝の儀式を行って呪詛・祈祷に埋没している有様です。これらの畜生死霊魂の魔の神仏には、ただ感謝の対象のみに徹して対処していけば何ら問題はありません。こうした魔の神仏は、対応する者の心の善悪に応じて瞬時にして、善魔、悪魔に変身していくように思います。
従って、欲望や願望を発した他力本願の「祈願」の行為では悪魔が招き寄せられて接近し願いは叶えてくれますが、後でお礼返しを忘却してきた折りには罰を与えるものであります。他方、自力発魂の「感謝」「祈念」の行為では、そこに自らの魂の浄化を求めて協力し支援するものであり、それらは実に善魔と言うものだろうと思います。多くの方はその解釈を逆にして、最初から真摯な自力を放棄して、安易に他力本願に狂奔、狂走して悪魔を招来させ氾濫させ、暗躍、跋扈、跳梁、横行させていると言えるでしょう。社会現象としてみられる殆どの異常、狂気、殺気、狂騒、狂乱、混乱の背後には、実に地獄に徘徊する悪魔の教唆、支持、暗示、暗躍があると言って良いでしょう。
正にここにこそ、国民総決起で「真仰」を実践して今世社会を救う第一義の秘訣があると言えるのです。これは実に国内のみならず、全世界にも通用する世界性、普遍性を有した真理であり、万古不易の摂理と言えるでしょう。現在の世界中の至る所で発生している混乱や争乱、相剋なども、実に「真仰」の実践でしか解決不可能と言えるでしょう。最近は外国人も日本の古事記の翻訳を通じて関心を示しており、当方の見解を参照すれば、案外、外国の方から真摯な理解と新しい解釈を生み出して採用し、世界平和の原動力や基準になっていくかも知れません。数千年来の宗教的対立の総決算に向けて大いに期待したものです。
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