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汝のような邪悪な解釈偏見で実践すれば、汝が危惧し懸念し想定する魔道に直行する結果に陥るのが必定で、それが関の山であろう。自ら否定し実践する気も無いのに、「真仰の本質について」尤もらしく宣うような似非講釈は止められたらどうか。何でも適当に評論家風になまくら包丁で料理して得意がり、そのあげく「真仰」をねじ曲げて否定し、真理に程遠い似非講釈になっている自己矛盾にどうして気付かないのか。
善良な者の心魂に付着し憑依し囁き吹聴して惑わし、様々な邪悪魔の入れ智恵をして幻滅・幻惑・困惑させるのは好い加減に止めよ。汝こそ救済されたいのではないか。汝が憑依した者が「真仰」に目覚めていけば、汝が一掃され廃絶されるから、最後の足掻きをして抵抗し、「真仰」を一見、尊重し美化するように錯覚させ誤魔化し惑わし誑かし化かしながら、本質は詭弁を労して軽蔑侮蔑し、愚弄翻弄し、排斥排除しているものであろう。汝の邪悪な意図は既に見透かされておるぞ。汝自ら素直・素朴になって邪悪な想念を一掃し廃絶して、自らの心魂を自力で錬磨して悟ることだ。
なお、不動明王さまが「火山灰」と「真仰」を結び付けられているのも、どちらも今世社会を救う第一義のものだからであろう。「火山灰技術」は物質経済面から、「真仰」は精神や心魂面からの救済であろう。不動明王さまが書かれたものを丁寧に拝読すれば、その奥義や真義が理解できるであろう。欲深い大衆に適当な摘み食いをさせないがためには、「火山灰」と「真仰」をセットにした料理を提示されているのであろう。どちらも国民総決起による実践こそが今世社会を救う第一義のものになるであろうと指摘されておられるのだ。
ただ残念ながら最早手遅れであり、既に救済の時期は去ったのであり、あとは大激動の嵐の中で、正に地獄の魔界を流離う中で、総懺悔を伴って気付き目覚め悟るしかないのであろう。不動明王さまは必死の努力を試みても、一向に気付き目覚め悟れない狂気、盲目の狂人や明きメクラ共に失望され落胆され、後は神裁き、神仕組みによる邪悪な想念の一掃・廃絶になる天下の大掃除しかないと警鐘を鳴らしているものであろう。それを不動明王様は、「人事を尽くして天命を待つ」の心境に至った結果、「両極端同志の狂人共の対立・衰退・共倒れの後に、真の中庸・中庸が生誕するであろう。それまでは高みの見物をさせて貰う」と半ば諦観・達観の心境で述べられたのだろう。正に歴史上のノアの大洪水の再襲来による地球の大掃除であろうと指摘されておられるのだ。
恰も、誤り偏った心魂で病気の一歩手前の者に、警告を発しているにも関わらず、一向に素直に耳を貸さない者に対して、大病を経験し自ら気付き目覚めるまでじっと待つと言うことであろう。「火山灰」も「真仰」も不動明王さまは既に何十年も紹介してきたと言われるではないか。ここに来て、既に日本の国家破産、資本主義経済の崩壊、西洋文明の崩壊を前にして、大激動の襲来・大崩壊後に微かな希望、期待、目覚、覚醒を託すという意味での「高みの見物」をされるということであろう。
なお汝の言辞には大いなる矛盾があり、精神分裂病、痴呆症に感染の感がする。故意ならば下手な猿芝居であり、過失ならば舌足らず、思慮浅薄、表現力不足の未熟者であろう。一体、最後の「妄言多謝」とは何事か。「妄言」ならば「妄言陳謝」と言うべきであろう。「多謝」を強調するなら「箴言多謝」と言うべきであろう。ここにこそ汝のオチョクリ、阿諛追従、揶揄嘲笑、暴言卑語、誹謗中傷、面従腹背、罵詈雑言の錯綜・交錯する中で、激励と嘲笑、尊重と軽蔑が入り交じった卑怯・卑屈、僻み、嫌み、嫉み、妬みの嫉妬が見え隠れしているものと言えよう。
愚か者!!!
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