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聖心仏陀先生との幾多の想い出も語れば尽きない。別途改めて書き残すべきであろうが、忘却しない内に、当掲示板でも徐々に記憶に留めておこうと思う。いわば日記のようなものだ。また固苦しい内容よりも、こうした臨場感がある会話の方が、当方も親しめて過去の懐かしき場面が想い起こされて来るというものだ。これも何時の日にか、記憶を鮮明にする導入の役割を果たすようにもなるであろうと祈念するものだ。
さて、「真仰」に関して多大な関心と排斥の交錯する異常なまでの攻撃を感じた上で、ふと聖心仏陀先生の御言葉を想い出した次第だ。即ち、「真仰」に対して曲がりなりにも多大なる関心を示された根本無明殿の見解に対して、ふとかつて聖心仏陀先生が、【「火山灰」には皆が付いてくるが「真仰」には皆が猛反対するであろう。】と言われたことを想い出した。不思議なことだ。
今まで「真仰」の概念に関して公開し公表することなど有り得ないものと長い間思っていたからだ。HPでも最後に付け足したように書いておいたからだ。そこまで到達する者など全くいないものと思っていた。実際にHPを2001年春に立ち上げて2003年春に至る2年間ほども何も反応もなく、無関心、無感動、無視の状態だったからだ。これは火山灰も同様だ。しかし、次第に関心が高まる予兆を感じるものだ。それにしても「火山灰」よりも「真仰」に関心が集まるような傾向を感じるのも全く予想外だ。むしろ現実的で即物的な「火山灰」の方が、先に関心があって当然と思うからだ。
要するに「火山灰」は利欲さえあれば誰でも関心を持つことが明白であり、目下の無関心は単なる明きメクラであるにしか過ぎず、一旦、大変なモノであることが解れば雪崩を打って殺到するというものだ。何もしなくても、ほっといても時期が来れば、打算、利欲の貪欲、欲惚けで関心を示してくると言うことだ。ただ反対する者があるとすれば、政財官界で、省エネや省資源で石油やエネルギーなどの利害関係に深く関わっている政治家や官僚、企業の連中であろうか。彼らにとっては画期的な技術の登場で、これまでの利権構造が破壊されるからだ。
これは歴史的にも、英国の産業革命の転換点でも、「ラッダイト」の機械排斥の運動でも見られたものだ。これらは時間が解決していくものであろう。要するに時代の流れに抗し切れなくなって、最後は怒涛を打って押し流されて行くであろう。既に省エネ、省資源は国家的課題、国民共通の課題にもなってきた。地球温暖化対策も膠着状況に陥っており、次第に追い風になって行くであろう。最早、炭酸ガス排出に何ら効果的な対策を講じることが不可能になってきたからだ。それ故に「火山灰技術」は誰かが気付けば、一挙に表面化し、皆が食い付いてくることは歴然であろう。次第に機は熟しつつあると言えよう。
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