|
|
日本でも平安時代においても、陰陽道で言うワラ人形で相手を呪詛折伏して呪い殺すのも、こうした魔の力を利用したスカラー兵器であると言えるでしょう。科学の世界に染まった者から言えば、迷信扱いするでしょうが、真実のところ、可成りの威力や効果があると言えるでしょう。昔から、「言霊の世界」が強調されたり指摘されたりしますが、実に、言葉で念じた想念が一種の威力を有して周囲に伝搬していく事実が伝承されてきたと言えるでしょう。
また宗教世界でも、他人の恨みを買ってはいけないとか言われるのも、こうした相手側から邪念、怨念の波動を受けて行くからに他ありません。また生命保険に入っていても何も事故がないから止めた途端に事故に遭うというのも、生命保険会社の事故にあって欲しくないと言う熱き思いが伝わって事故が防止されていたのが、止めた途端に、その念が切れて行くからでしょう。一種の波動想念の影響でしょう。
ところで、目下、スカラー理論を構築している日本でも有数の著作を著している某研究者でも、人間の意識や想念を科学的、物質的、波動的に解明しており、ある面では学問的業績としては、それなりに評価出来るのですが、肝心なところではどうしようもない袋小路、間違った方向へと進んでいるように思われます。精神世界の霊的向上を解明したり、悟りの境地を数値化して解明したりしておりますが、全くの邪道と言う他ないでしょう。悟りの境地をスカラー波で解明できても、それを意識的に実施できるものではありません。意識的、無意識的の相違が解っておりません。その結果が、釈尊は存在しなかったとか言っていたり、人間を超越して最高に悟覚した如来の境地が一向に理解できず、ただ頭で理解しようとしているようです。
即ち、同じ想念波動でも、意識の善悪により波動想念の内容、波長が大きく変化することは理解出来ても、表面上は善の想念波動が発信されたとしても、それが打算、売名、利欲の想念で実施すれば、どういう効果や影響を及ぼすのかは科学では解明できておりません。そこまで数値化して検証できるものではありませんし、その辺の限界に気付いていないようです。また、輪廻転生界の人間界の意識を超越した波動の存在にしても理解が出来ないようです。だから、悟りの境地でも意識的に操作したり、人工的に創造できるという錯覚、自惚れに至っているように思われます。
余りにも科学技術的に解明できるという想いが高慢にも真の解明を大きく阻んでいく危険性があります。それは神仏とか、輪廻転生を超越するとか、如来とか、悟覚とか、意識的と無意識的の世界の相違でしょう。想念波動は、意識的と無意識的の波動により、大きく波長や内容が異なるというのは科学では解明できないし、気も付かないでしょう。
|
|