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リヒャルト・ワーグナーの孫、ヴォルガング・ワーグナー氏逝去

 投稿者:神谷一夫  投稿日:2010年 3月24日(水)22時38分55秒
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  3月23日の読売新聞朝刊の訃報欄。

前バイロイト音楽祭総監督のヴォルガング・ワーグナー氏は
3月21日、ドイツ南部のバイロイトで死去。90歳。
作曲家リヒャルト・ワーグナー(1813~1883)の孫。
1951年から兄のヴィ-ラントとともに、66年の兄の死去後は一人で、ワーグナー作品の上演で知られるバイロイト音楽祭の総監督を努め、2008年に娘のエヴァとカタリ-ナにその席を譲った。
新進の演出家を積極的に登用するなど、音楽祭に貢献した。(ベルリン 三好範英)

ドイツ国内の報道機関は、類い稀な演出家の死去であると、大きく取り上げている。

Die Zeit (Online)の記事の一部を抜粋して紹介(意訳)する。

ヴォルフガング・ワーグナーは1919年8月30日にバイロイトで、
リヒャルト・ワーグナーの孫、フランツ・リストのひ孫として誕生した。
1951年には、兄ヴィ-ラント・ワーグナーと第2次世界戦争後のバイロイト祝祭劇場の基本を復活させた。
彼は Gruenen Huegel(祝祭劇場がある緑の丘、通称名)でオペラ「ローエン・グリーン」の初総監督を努めた。ゲスト演出家として、東京でも活躍した。1966年兄の早死後は、40年以上にわたり単独で祝祭劇場の総監督を努めた。
2008年9月、彼の娘 Eva Wagner-Pasquier(61) と31歳の異母娘 Katharina Wagnerの2人がGruenen Huegelの主権を受け継いだ。(Die Zeit 紙より)

2007年10月4日、読売新聞「文化欄」:
エヴァ氏が来日した際、長文4段記事で「バイロイト音楽祭 次期総監督候補者は誰?」「後継者争い」を巡る地元メディアの報道が過熱している。と紹介していた。

バイロイト音楽祭に関心を抱く者たちは、後継者問題に興味津々であったが、これで一件落着したことが判明した。

松戸混声合唱団の「団員専用のHP」に活発な話題が投稿されている。
その中に「ニーチェとワーグナーの関係をめぐり、芸術生成のプロセスに関して」と「オペラなど舞台芸術の演出上の様変わり」などの話題と意見交換が目についた。

その舞台演出の変貌についてその起源、私の推測:

こんなことがあった。

バイロイト音楽祭の主役はなんと言っても、ワーグナーの楽劇「ニ-ベルングの指輪」(4部作で通称『リンク』と言う)である。

1979年に『リンク』演出に大変革があった。

バイロイト『リンク』初演100周年記念公演があった。
その祝祭管弦楽団をピエール・ブーレ-ズが指揮し、演劇界で有名な演出家パトリス・シェローが『リンク』の演出を担当した。
フランス人による今まで見た事もない斬新な『リンク』の出現に観客はびっくり。
つまり舞台設定を産業革命の時代に置いた演出であった。
本来は「ラインの黄金」~「神々の黄昏れ」の別次元の神秘的な世界であったのだが。
評価は喧々轟々であったのだ。
しかし、シェロー演出は「理にかなった視点の斬新さ」と「明晰な理論」であると評価は次第に見直され、
数年のうちに絶賛されるように変化したという。

このことがあってから、演出家に従来の殻を破る変革の勇気を与えたのか? オペラの舞台演出様式が急速に変貌してしまつた。これは私の主観的観測であるが。

最近のザルツブルク音楽祭などは毎年、前衛的演出の先端を切っている。
世界中から集まるオペラファンは、今年はどんな演出が楽しめるかに観客の視点が変わってしまったと言う。

だから、オリジナル・スコア(総譜)に書かれた演出指示、初演時代に演出されたオペラを観ることは不可能になってしまったようだ。
 
 
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